IF〜ふたりぐらし〜






長かった遠距離恋愛。
俺と井上は晴れて社会人となり、漸く結婚へと漕ぎ着けた。

新婚生活を始めるにあたり、井上…もとい嫁さんと俺が話し合った結果。

共働きながら、二人で協力して生活する道を俺達は選んだ。



《IF~ふたりぐらし~》



「…ん…?」

緩やかに覚醒する意識。
ベッドの上、俺は朝が来たらしいことを遮光カーテンの隙間から差し込む日差しに教えられた。

「…織姫…。」

まだ半分眠ったままの脳ミソでうわ言の様にそう呟き右腕をベッドの上に滑らせれば、そこに望んだ柔らかい身体は既になく。
冷たいシーツの上を、俺の腕はむなしく空振りした。

「…なんだ、もう起きちまったのか…。」

出来れば、朝目覚めたときに横にいて欲しかった…なんてガキみたいなことをぼんやりと思いながら、枕元の時計に手を伸ばす。

そして、そこに並ぶデジタルの数字に、一瞬見間違いかと寝ぼけている目を擦った。

…けれど、そこに並んでいる時計の数字は間違いなく。

1、0、0、0…。

「じ、10時ぃっ?!」

俺は驚いてシーツを跳ねあげた。
「おはよう、一護くん。起きた?」

そこに、寝室のドアを開けて現れたのは…俺の新妻、織姫。

「…はよ…つーか、もう朝って時間じゃねぇよな…。時計見てびっくりした。」
「一護くんぐっすりだったもん、仕事の疲れがたまってたんだよ。かく言う私も今朝はしっかり朝寝坊させていただきましたから。」

ちろっと舌を出してイタズラっぽく笑う織姫がカーテンを開ければ、差し込む日差しは既に高く、窓の向こうに見えるのは風にはためく洗濯物。

「…わりぃ、またオマエに家事やらせっぱなしで…。」
「いいの。『出来る方が出来ることをする』約束でしょ?」

織姫はふわりと笑うと、ベッドで項垂れる俺の横に腰掛けた。

「…その変わり、ご褒美にぎゅうってしてほしいなぁ…。」

俺の肩に頭をこつりと乗せてそう言う嫁さんを、俺は可愛く思う気持ち半分、お詫びの気持ち半分でぎゅっ…と抱き締める。
そのまま胡桃色の髪を撫でてやれば、満足そうな声を漏らす嫁さん。

「えへへ…。この織姫、たまってた洗濯物の片付け、頑張りましたぞ。」
「ありがとな、奥さん。」

お礼がわりに、彼女のおでこにキスをする。
くすぐったそうに笑う嫁さんのいじらしさに、危うく欲情しかけた俺だったが。

ぐうぅ~。

俺の欲求を遮る様に、織姫のお腹から空腹を訴える音が響いた。

「…あ…。」

真っ赤に染まる、織姫の顔。
けれど、時間はもう10時を過ぎているのだから、織姫が空腹なのは当然のことで。

「…オマエ、朝飯は?」
「一護くんと食べたかったから、まだだよ。でも我慢できなくてさっきつまみ食いしちゃったけど…。」

てへへ、と眉を八の字にして恥ずかしそうに笑う織姫の頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。

「じゃあ、朝御飯の支度をするから、一護くんは着替えて来てね!」

織姫はそう言うと俺に掠めるようなキスをして、逃げる様にぱたぱたと部屋を出て行った。

「…アイツ…。」

無意識に口元を手で覆う俺の顔は熱い。

俺の方から織姫にアレコレするのは、付き合って長いこともありすっかり慣れたのだが。
結婚してから少しだけ大胆になった織姫から、時折不意討ちの様にされるのには、未だ慣れなくて。

…まあ、あの控え目な性格の織姫からのアクションは、当然夫として嬉しい訳だけど…。

「…着替えるか。」

ドアの向こうからほのかに漂ってくる味噌汁の香りが、俺をキッチンへと誘う。

ああ、今朝の朝食は和食か。
多分、平日の朝は忙しくていつもパンだから休日ぐらい和食にしよう…っていう、織姫なりの気遣い。

勿論、10時過ぎともなれば当然俺だって腹が減っている訳で。

可愛い嫁さんと、嫁さんの作った朝食が待つ食卓へ行くために、俺は着替えを始めたのだった。






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