IF〜ごにんぐらし〜
…その夜。
俺と織姫は俺の部屋…もとい俺達夫婦の部屋でテレビを見ながらくつろいでいた。
…否、正確に言えばテレビを見てくつろいでいるのは、織姫だけ。
俺の目は、壁に掛かっている時計にばかり行ってしまう。
いや、せっかく俺が常識的な時間に帰宅が出来ていて、しかも明日は二人揃って休みなのだ。
新婚としては…当然、期待するわけで。
つーか、その実もう我慢の限界なわけで。
時計の針が10時を差すのを待てず、俺は織姫を強引に抱き締めた。
「きゃっ、い、一護くん?!」
「あんまり大きい声出すなよ。」
おろおろする嫁さんを抱き上げ、そのままベッドへと雪崩れ込む。
「ちょ、ちょっと、一護くんだめだよっ…。」
俺の胸板に手をあて押し返そうとする織姫に、俺は少しムッとして眉間に皺を寄せた。
「何で駄目なんだよ、夫婦だろ?」
「だ、だって、お義父さん達、まだ起きてるんだよ?」
狼狽えながら、子猫みたいな抵抗を続ける織姫。
…確かに、親父達三人は下の階でテレビを見ていた。
けれど、俺にしてみればそれが逆にチャンスな訳で。皆が寝静まった夜中に、家族が本当に熟睡しているかどうか内心ハラハラしながら肌を重ねるよりは、はるかに気が楽だ。
「親父達、洋画見てたから11時までは2階に上がってこねぇよ。テレビの音もデカイし、オマエが大声出さなきゃ絶対バレねぇから。」
「で、でも…っ!んぅっ…。」
織姫の口から否定の言葉が出る前に、俺の口で塞ぐ。
そのまま、パジャマ越しに知り尽くした織姫の弱点を攻めあげれば、ぴくんぴくんと過敏に反応する嫁さんの身体。
「…はっ、はぁっ…。い、一護くぅん…だめ…だよぅ…。」
唇を解放すれば、そこから漏れる否定の言葉は甘く艶やかで。
俺が自分のパジャマの上着を素早く脱ぐ様を、逃げようともせずとろんとした瞳で見ている。
…こうなってしまえば、「俺の勝ち」であることはこれまでの経験で周知していた俺は、内心ニンマリしながら織姫のパジャマのボタンに手をかけた。
…その時。
「お兄ちゃーん!ちょっと下りて来てー!」
…階下から響く、遊子の声がせっかく俺が作り上げたムードを派手にぶち破った。
ガックリと項垂れる俺。
だが、遊子に続き親父の声が容赦なく響いてくる。
「おーい、一護~!DVDの具合がよくないんだ~!」
「お兄ちゃ~ん、録画したい番組が始まっちゃうよ~!早く早く~!」
この迷惑極まりない要求。
出来れば聞こえないことにして無視したかったが、2階まで呼びに上がって来られるのは更に迷惑だ。
俺に組み敷かれている織姫も、目を丸くしてきょとんとしている。
その表情は、さっきまでの艶っぽいオンナの顔ではなくなっていて…。
「だああっ!わーったよ、ちくしょう!」
そう階下に向かって叫びながら、俺は脱いだばかりのパジャマを再び羽織る。
「すぐ戻って来るからな、待ってろよ!」
ベッドの上で真っ赤な顔のまま正座している織姫にびしっと指を差して言い放つと、俺は階段をドタドタと駆け降りた…。
「…ったく、わかんねぇからって適当にボタン押すから、こんな見たこともない画面になっちまうんだろうが!」
リモコン片手に、不機嫌オーラ全開で洋画の裏番組を録画してやる俺。
「わーい、お兄ちゃんありがとう!こういうときお父さんってぜんっぜん頼りにならなくて!」
しかし、そんな俺に構わず実ににこやかに遊子がそう言うので、俺はひきつった笑いで返すしかなかった。
男のくせにまるで役立たずの親父に嫌みの一つも言ってやりたい気分だったが、今の俺にはそんな時間すら惜しい。
録画予約を終えて、三人が見ていた洋画の画面に切り替えてやり、俺は早々に部屋を立ち去ろうとした。
「待て、一護。」
そこに、真面目くさった顔で俺を呼び止める親父。
「ああ?何だよ。」
あからさまに苛立ちながら返事を返す俺に、親父はテレビ画面を指差した。
そこに流れていたのは、洋画の一場面…ではなく、オムツのCM。
天使の様な笑顔の赤ん坊がこちらを見ている。
「俺も早く、あんな孫が欲しいなあ…。」
「わあっ!織姫ちゃん似の赤ちゃん、早く見たいかも!」
腕組みし、うんうんと頷くクソ親父と、きゃっきゃっと笑う妹達。
(…だったら、邪魔すんじゃねぇよっっっ!!)
危うく声に出しそうだった怒りの感情を、俺はギリギリのところで喉の奥へ押し返した。
「俺はまだ当分夫婦二人で十分だよっ!」
そう怒鳴る様に吐き捨てると、俺は2階への階段をドカドカと上ったのだった。
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