IF〜ごにんぐらし〜
「一護くん、明日はお仕事お休み?」
「…おう、珍しくな。織姫も休みか?」
「うん。じゃあ、明日は久しぶりに二人でいられるね!」
食後の、まったりとした時間。
俺は新聞を片手に、食器を洗いながら嬉しそうにそう言う嫁さんの後ろ姿を眺める。
仕事で疲れているのは織姫も一緒なはずなのに、スポンジを片手に鼻唄を歌う彼女は、何だかとても楽しそうで。
「…なあ、今度ボーナス出たら、食洗機買おうか?大変だろ、5人分の食器洗うの…。」
織姫の負担を少しでも減らしたいと思う俺に、織姫はふわりとこちらを振り返った。
「全然平気だよ。何かね、こうしてると黒崎家の一員になったんだなぁ…って思えて嬉しいの。」
織姫はまたすぐ後ろを向いて食器洗いの続きを始めてしまったけれど、そのとき一瞬見せた笑顔が本当に綺麗で、振り向く仕草が妙にしなやかで。
付き合い始めた高校生の頃とはまた違う、艶とか色気とか…そんなものが、俺をガツンと刺激した。
俺は新聞を畳んでそっとテーブルに置くと、なるべく音を立てないように椅子から立ち上がる。
そして、キッチンに立つ織姫の背後に近づくと…。
「きゃあっ?!い、一護くん?!」
俺はいきなり、織姫を後ろから抱き締めた。
織姫は驚いて身体を大きく反らせたが、両手とも泡だらけで抵抗することは出来ないらしい。
…最も、織姫が抵抗したところで、俺には痛くも痒くもないんだけど。
「あ、あの、食器洗いが終わってから、部屋で…にしよ?」
眉毛を八の字にして困った様にそう言う織姫は耳まで真っ赤で、こういう不意討ちに弱いところは付き合い始めた頃から変わらず初々しい。
「新妻がキッチンに立つ姿って、やっぱ良いよなあ…と思ってさ。」
「ひゃあんっ!」
くびれたウエストラインをするりと撫でれば、びくんっと俺の腕の中で跳ね上がる織姫の細い身体。
「しょ、食器が洗えないよぅ…。」
「別に、俺に構わず洗えばいいんじゃねぇの?」「い、一護くんの意地悪ぅ…。」
ああ、本当、こうしてると仕事であった嫌なこととか全部忘れちまうよな…なんて、思っていたら。
「あ、ごめん。一兄、織姫ちゃん。」
突然、夏梨が扉を開けてキッチンへと入ってきた。
「うわっ!か、夏梨!」
慌ててとりあえず織姫から離れたものの、今更椅子に腰かけるのも不自然で…俺はバリバリと頭をかいてその場をやり過ごすしかなく。
織姫は真っ赤な顔で黙々と食器洗いを再開した。
一方で、夏梨の方は表情一つ変えず、さっさと冷蔵庫へ向かうと中からスポーツドリンクを取り出す。
「お風呂出て、喉が渇いたからさ。まさかまだ二人がココにいるとは思わなくて…思い切り扉開けちゃったんだ。」
ペットボトルに直接口をつけてドリンクを飲み干した夏梨は、ちらりと俺を見た。
「…まあ、新婚さんだし、いいんじゃない?ごゆっくりね~。」
そう言い残し、夏梨はそそくさとキッチンを出ていった。
…そう、黒崎家に同居したことの、唯一にして最大のデメリットがこれ。
織姫とイチャイチャするのに、家族の視線を常に気にしなければいけないということ。
いや、今はついうっかり…というか、嫁さんの色気に負けたというか…。
勿論夏梨も俺も気まずいが、性格上いちばんこういったことを気にするのは、やっぱり嫁さんなわけで…。
「…だから、お部屋でって言ったのに…。」
僅かに唇を尖らせながらそう言う織姫を、俺はその後しばらくなだめ続けたのだった…。
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