IF〜ごにんぐらし〜







長かった遠距離恋愛。
俺と井上は晴れて社会人となり、漸く結婚へと漕ぎ着けた。

新婚生活を始めるにあたり、井上…もとい嫁さんと俺が話し合った結果。

俺の実家に同居して生活する道を俺達は選んだ。



《IF~ごにんぐらし~》



「…ただいま。」
「あ、お帰りなさい、一護くん!」

玄関先まで俺を迎えに来てくれるのは、胡桃色の髪の嫁さん…織姫。

仕事の疲れも、彼女の笑顔で一気に吹っ飛んでいくのが自分でわかる。
最も、俺を出迎えている織姫だって仕事で疲れているはずなのだが、そんな様子を微塵も見せないところが、また彼女らしい訳で。

「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
「おかえり、一兄。先に食べちゃってるよ~。」

食卓に繋がる扉の隙間から聞こえる遊子と夏梨の声。
同時に漂ってくる匂いが、俺の胃袋を直撃する。

匂いにつられて食卓を覗けば、遊子、夏梨、親父が三人で一足先に夕食を取っている最中だった。
そこに、まだ手のつけられていない食事が二人分。

「なんだ、織姫も先に食べていればよかったのに。」
「…だって、一護くんと夕食を食べたかったんだもん。」
「織姫」とか「一護くん」とか、名前呼びには未だ少しくすぐったくなったりもするけれど。
ネクタイをほどきながら隣を見れば、照れたように笑う織姫。

ああ、本当に俺の嫁さんになったんだなあ…なんて、こんなふとした瞬間に思ったりするんだ。

「はい、いろんな意味でごちそうさま!」

俺達を茶化すような口調の夏梨の声に、はっとする俺。
無意識に緩んでいたであろう口元を慌てて手で覆う。
夏梨はそんな俺を見てにっと笑うと、空になった皿をシンクまで運んだ。
その横で織姫は、俺と自分の夕食を温め始める。

「あ、夏梨ちゃん。食器は後でまとめて洗うから、置いておいてね!」
「サンキュー、織姫ちゃん。」
「じゃあ、甘えちゃうね!」

夏梨に続き、遊子もまた空の食器をシンクに片付けると、「ごゆっくり」などとお節介な言葉を残し二人で自分たちの部屋へと上がっていった。

…一方で、既に空の皿を前に一向に席を立とうとしない、ヒゲが1人。

「あ、お義父さんも食器は置いていってくださいね!」
「…いや、そうかあ?悪いな、織姫ちゃん。」
にっこりと笑ってそう言う織姫に、真夏のチョコレートの様にでれでれとだらしなく溶けていく、親父の顔。
…コイツ絶対、「お義父さん」って呼んでもらうのを待ってやがったな…。

「じゃあ、お義父さんは退場するかな~。二人で話したいこともあるだろうしな。子作りの計画とか、家族計画とか…ぐほぉっ!」
「…むしろ永久にこの家から出てけ、エロ親父。」

俺は親父を力いっぱい蹴り飛ばして、部屋から即刻追放した。
扉をバシリと閉めれば、漸く訪れる夫婦水入らずの時間。
俺が親父と一悶着している間に、食卓には織姫が温め直してくれた食事が並んでいた。

「さ、メシにしようぜ、織姫。」
「うん!いただきます!」

椅子に座り手を合わせ、俺は久しぶりに食べる織姫と二人での夕食を堪能することにした。



「…今日のメシは、遊子が作ったんだな。」
「当たり~!さすが一護くん、一口食べただけでわかるんだね!今日は仕事が遅くなっちゃったから、遊子ちゃんが作ってくれたの。」

家の家事は、大学生になった遊子と織姫、時々夏梨も加わって、上手いこと分担されているらしい。今日は遊子が夕食を作ったから、食器洗いは織姫がやる…といった風に、一緒に暮らす中でルールが少しずつ作られているようだ。

まあ、俺が研修医という立場である以上、二人で暮らせば織姫に家事の負担がいくのは目に見えていたのだから、彼女の家事の負担が減るのは有り難いことだ。

加えて、勤務が不規則な上に残業も多い俺は、織姫を1人で新居に残しておくことに抵抗があったから、遊子や夏梨(一応親父も)が一緒だというのも心強い。

…とはいえ、織姫は姑と小姑二人という、世間一般の価値観からすればとても同居など御免被りたい環境に、二つ返事で飛び込んで来てくれた。

織姫が黒崎家に来たことで、家の中が華やかになったというか、花が咲いた様になったというか…親父や妹逹にとってもそれは新しく心地よい風だったに違いない。

「…ありがとな、織姫。」
「え?あ、いいよ、一護くんと一緒に夕食を食べたくて、勝手に私が待ってたんだもの!」

手をぱたぱたと振りながらそう言う織姫に、俺はそれ以上何も言わず、楽しそうに喋り始めた織姫の話に相槌をうちながら遊子の作った夕食を味わうことにした…。




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