7cm






歩いて数分のところにある駅前のレンタルショップに、二人で入る。
井上は入るなり落ち着かない様子できょろきょろと辺りを珍しそうに見回していた。
迂闊に俺のペースで歩くと、井上を迷子にしそうだ。

「…あんまり、こういうトコロ、こないのか?」
「えへへ、仕送りしてもらっている身としましては、贅沢は敵でして…。」

困った様に笑う井上に、俺はズボンで掌の汗をごしごしっと拭くと、思いきって右手を差し出した。

「ほら、行くぞ。店の中で迷子の放送とか、勘弁だからな。」

言ってから、ああ俺は何でこういう言い方しか出来ないんだろう…と自己嫌悪に陥る。

けれど、井上はびっくりしたように、一瞬目を丸くして。
その後、俺が思わず見惚れてしまうような、はにかんだ笑顔を見せて。

「…はい。」

小さな返事と共に、おずおずと小さな手を伸ばして俺の小指だけをきゅっと握りしめた。

ヤバい。犯罪だろ、この表情にこの行動。

俺の動揺が井上に伝わっていないことを祈りつつ、俺は平静を装ってお目当てのDVDが並んでいるであろう新作の棚へと歩きだした。
話題作とあって、予想通り新作の棚に見たかったDVDは大量に陳列されていた。

空いている左手でパッケージを手に取る。

「黒崎くんが見たかったのって、それ?」

井上が、俺の手元を覗き込んだ。
井上の急接近に伴い、ふわりと漂うシャンプーの香り。
どきりと跳ねる心臓の音が聞こえた気がした。

「ん?あ、ああ。」
「すごい、すぐに見つかっちゃったね!」

感心したように井上がそう言って、パッケージの解説を目で追い始めた。

元FBI捜査官が、テロ組織と対峙しながら極秘のミッションをクリアしていくシリーズの第3弾。
ありがちな設定ながら話がよく練られていて、派手なアクションに加えて毎回最後に仕組まれているどんでん返しが面白くて、第1弾から見ている作品。
とは言え、あまり井上が見そうなジャンルじゃないよな…と少し不安になって、俺は井上を見下ろした。

そんな俺の心境を読んだかのように、井上はにっこりと笑う。

「大丈夫だよ、黒崎くんが見たい映画なら、私も見てみたいから。」

…ああもう、どうしてこう自覚もなく可愛いんだコイツは…。
俺は井上の言葉に自信を取り戻し、レジに二人で並んでDVDを借りた。

ふと、周りを見れば、俺達以外にも何組かDVDを物色するカップルがいる。

今、DVDを借りようとしている俺達も、周りから見たら恋人同士に見えたりするのかな…。

そんなことを考えて、1人顔が熱くなるのを感じた。
一方で、それはあくまで「見せかけ」であることに、複雑な気持ちになる。

このデートは、あくまでも井上の7cmの変化を言い当てた俺への「賞品」。
次のデートを望むなら、本当に「カレシカノジョ」の関係にならなくてはいけない。

…そう、今日の俺に課せられたミッションは、井上と正式にデートできる仲になること。

レジの係から差し出されたDVD入りの袋を受け取りながら、俺は映画の主人公である元FBI捜査官に自分を重ねた。
いや、ミッションのスケールが違うのは百も承知だけど。



「…じゃあ、よろしければ私のアパートでそのDVDを見ませんか?バイト先のパンもいっぱいあるよ!」

俺の下心など知るよしもない井上が無邪気な笑顔を見せる。
俺は頷いて、二人で井上のアパートへ向かった。




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