7cm






…今日の俺に課せられたミッションは、井上と正式にデートできる仲になること。




《7cm・ mission1》




いつもなら苦痛でしかない実力テストも、今回はあっという間に終わった。
…なぜなら、テストの先に待ちわびた予定が入っていたから。

それは、井上との…デート。




実力テストが終わり、気持ちも天気も晴れ晴れとした土曜日。

俺は井上との待ち合わせ場所である駅前の噴水に向かって歩いていた。
10分前には着くように計算して出たつもりだったが、目の前の光景に「次は15分前には着くようにしよう」と俺は固く決心する。

なぜなら、噴水前に井上は既に立っていて、しかも見知らぬ男に話しかけられていたからだった。
困った様な表情の井上と、そんなことお構い無しに喋りまくる大学生らしき男。

俺は不快感からあからさまに眉間に皺を寄せ、その場に近寄った。

「…あ、黒崎くん!」

井上が俺に気が付き、ほっとしたような顔で俺に駆け寄ってきた。
そのまま井上を俺の後ろに隠すと、俺は大学生を睨み付ける。

「…俺のツレに、何か?」

さあっと顔色が青く変わる大学生。

「い、いや、ちょっと道を聞きたくて…!でも、いいんだ、じゃあ!」

そそくさと逃げ出す男に、俺は心の中でべぇっと舌を出した。
年下の男に睨まれたぐらいでビビるようなヤツは、はじめからナンパなんかするんじゃねぇっての。

「あ、ありがとう、黒崎くん。何だかあれこれ話しかけられて、ちょっと困ってたの。」
「あんな見え見えのナンパ、いちいち相手にするなよ。井上はお人好しすぎるんだって。」

俺の背中からぴょこんと顔を出す井上にそう言うと、彼女は驚いたように目を丸くする。

「え、あれってナンパなの?!」
「どう見たってそうだろ。」
「でも、『カノジョ、一緒にお茶しない?』とは言われなかったよ。」
「いや…それ、いつの時代の話だよ。」

思わず、深い溜め息。
こうも無防備な井上じゃ、15分前に待ち合わせ場所に到着でもまだ不安だ。
いっそ、次は井上のアパートまで迎えに行くか…。
そこまで考えて、俺ははっとして思わず口元を手で覆った。

いや、「次」があるかどうかは今日次第な訳で。まだ「今日」が終わらないうちに、皮算用も甚だしいよな、我ながら…。

「…どうしたの?」

俺の顔を不思議そうに見上げる井上に、俺は慌てていつもの顔を作ってみせた。

「いや、何でもない。あ~、待たせたな、行こうぜ井上。」
「はい!今日はよろしくお願いします!」

ぺこりとお辞儀する井上に「大袈裟な」と苦笑しながら、その実心臓がばくばくの俺。
人生初デートで緊張してるってのもあるし、何より私服の井上がめちゃくちゃ可愛い。
別に、私服の井上を見るのは初めてじゃない。
けど、今日の格好は明らかに『デート仕様』で、井上本来の可愛らしさを十二分に引き立てていて。

更に「楽しみにしてたんだよ」なんて極上井上スマイルで言われたりしたら、俺じゃなくたってどぎまぎしてしまうだろう。
なのに、舞い上がっている自分を知られたくなくて。
俺もめちゃくちゃ楽しみだったくせに、「おう」としか返せない自分の不甲斐なさに呆れる。

それでも俺と井上は、最初の目的地であるレンタルショップへと歩き始めたのだった。




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