7cm






俺の小指をきゅっと握って歩く彼女と俺の距離…それもまた、微妙な7cm。




《7cm・その後》




…結局、学校を出た後「お礼に珈琲でも」と井上が言うので、現在二人でファミレスにいる。

カウンターに並んで座り、離れていった井上の手の温もりを惜しみつつ珈琲を注文する俺。
隣にはフルーツパフェをそれは嬉しそうに頼む井上がいた。

品物が届くまで、何を話そうか…なんて色々考えているフリをしながら、実は頭にはたった一つしか話題はない。

そう…ゲームの賞品、つまり『デート』のこと。

水色の言う通り、『あくまでも井上を助けただけ。デートはしない』という選択肢もあるわけで…というか、井上は俺にそれを期待したのかもしれない。

つーか、そもそもデートって付き合いだしたヤツらがするんじゃねぇの?順番がおかしくねぇか?とか…

あれこれぐるぐると頭の中で考えていた俺は完全に無口になっていて、気が付けば隣の井上が怪訝な顔で俺を見ていた。

「…ごめんね、黒崎くん、もしかして早く帰りたかった?」
「や、そういう訳じゃなくてさ、デートって…。」

そこまで声に出して、俺は思わず口元を覆った。
い、言っちまった…!

焦る俺の横で、みるみる赤くなっていく井上。

「あ、あの、ゲームの話の、あれね?あ、あ~…わ、私実はデートとかしたことなくてですね、一体何をしたらよいものかと…!」

俺に負けじと焦りながらわたわたと井上が言う。

「いや、俺だってねぇけどよ…。あ~、な、何って…例えば、映画に行ったり…一緒にメシ食ったり…。」

『デート』って、いざ実行しようとするとこんなに難しいのか…と若葉マーク丸出しの俺。
こんなことなら、水色に色々聞いておくんだった…。

「そっか、映画か。今、何をやってるのかなあ…?」
「ああ、俺が見たかったヤツ、この間終わっちまったんだよな。確かDVDのレンタルがもうすぐ始まるような。」
「じゃあ、DVDを見るのもいいよね。正直そちらの方が、経済的にも助かります。」
「いや、普通女は金の心配しなくていいんじゃねぇの?」
「いえいえ、そんな訳にはいきませんぞ!私だってバイトしてるんだし…あ、もしウチでDVDを見るなら、もれなく美味しいパンが付いてきますぞ!」
「廃棄のか?」
「売れ残り!」

ぷうっと膨れる井上にはパフェを、吹き出す俺には珈琲を差し出す店員。俺はそれをゆっくりとすすった。
俺の珈琲が終わるより先にパフェの容器が空になっていたあたり、さすが井上と言うべきだろうか。

…そして。
俺はケータイを、井上は手帳をどちらからともなく取り出した。

「…多分、この辺りからDVDのレンタルが始まるんだよな。」
「じゃあ、実力テストがちょうど終わったぐらいかな?」
「げ、忘れてた。」

俺はケータイのカレンダーから井上の手帳へと視線を移した。
綺麗な文字で、行儀よく彼女の予定が並んでいる。

「オマエはバイトとかいいのか?」
「うん、まだシフト出してないから、今からなら大丈夫だよ。」

実力テスト後、最初の土曜日を指差してそう言う井上の指先を見ながら、俺ははっとした。

これって何気に、もうデートの約束してるんじゃないのか…?!
気付いた瞬間、身体中が発火したように熱くなった。

「い、井上…!」
「え?きゃっ…!」
「うわっ…!」

慌てて顔を上げたら、驚くほどすぐ側に井上の顔。
その距離、およそ2cm。
手帳を除き込んでいるうちに、そんなにも近付いていたなんて…。

しばらくの、沈黙。
けれどその沈黙は重くはなくて、むしろふわふわとしていて。俺は井上の顔を見ることが出来ないまま、それでも精一杯の勇気を振り絞った。

「あ~…じゃ、じゃあ、その日、予約な…?」
「…は、はい…。」

ちらりと横目で確認した井上の表情が何だか嬉しそうに見えたのは…俺の気のせいじゃ、ないよな?

「…楽しみに、してるね…。」

そう言って照れたように、ふわりと笑う井上。
じわりと満たされる俺の心。
遂に、俺と井上のデートが…。そう、幸福に浸っていると。

「あれ、一護と井上さんじゃん?」
「なっ…オマエら!」

店に入って来たのは、啓吾と水色、チャドだった。

「何?!何?!何で二人がデートしてんの?!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎだす啓吾に、俺と井上が同時に叫ぶ。

「え、これもデートに入るの?!」
「…これも、ってことは、他にもデートの予定があるってことかな?」
「ム…。」

水色の全てを見透かしたような笑みに、俺は井上の手を掴んだ。

「逃げるぞ、井上!」
「は、はい!」

レジで金を押し付ける様に払い、店を飛び出す。

気が付けばしていた、デートの約束。
いつの間にか繋いでいた手。
そんな始まりが、俺達らしいのかもしれない…


(2012.10.25)
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