7cm






…ちくしょう、こんなことになるんなら、もっと早く…。





《7cm・一護Side》




ああ、また井上のヤツ、知らねぇ男に声掛けられてる…。

教室で、廊下で、屋上のランチタイムですら、井上に話しかけてくる野郎共。
そいつらが果たして本気なのか、それとも面白半分なのか知らねぇけど…どっちにしても、ムカつく。

それと言うのも、今朝、啓吾達のくだらない「ゲーム」宣言があったからだ。
「井上の変化」を言い当てたらデートだとか、勝手に言いやがって…。

けど、今になって少し後悔しているんだ。

あの時、俺が言い当ててやっていれば、井上は男連中に追いかけられずに済んだのに…って。



授業中、斜め前の席で真剣に話を聞いている井上。
ストレートの綺麗な髪が、時折風にふわりとなびく。

ほら見ろ、あんなに短くなってる。
どう見たって一目で分かる変化なのに、何で他の誰も気付かないんだ。

これじゃ、まるで俺が…。


「一護、帰らないの?」

授業後、クラスメイトの忙しない動きを眺めている俺に、水色が声をかけてきた。

「いや、別にもう帰るけどよ…。」

そう言いながら、自然と視線は斜め前の席に行ってしまう。

この席の主は、無事に帰れたのだろうか…それとも、未だどこぞの男の相手を困り顔でしているのだろうか。

思わず漏れた溜め息に、水色が意味深な笑みを浮かべた。

「…本当は、一護は知ってるんでしょ?ゲームの答え。」
「なっ…!」

俺は図星をつかれて一瞬狼狽えたが、もう教室には誰も残っていないことを確認すると、開き直って椅子にどっかりと座ってみせた。
このテの話でコイツに隠し事なんざ、どうせ出来やしないしな。

「…本当は、朝あの話をしてた時に、気付いてたんでしょ。…でも、言わなかった。」
「…言えるわけ、ねぇだろ。」

まるで、話を盗み聞きしてましたと言っているようで。
そして、他の誰も気付かない7cmの変化に一目で気付いてしまうほど、いつも見てました、と宣言するようで。

「一護は、照れ屋だからね~。」
「うるせぇ…。」

眉間に皺を寄せてぽつりと小さな抵抗。
分かってる。俺のつまらない見栄やプライドのせいで、結局俺は一日イラついて、井上を一日困らせたんだ。

「まだ、間に合うんじゃない?」
「あ?」

頬杖を外して、思わず水色の顔を見る俺。

「井上さんもさ、好きでもないヤツに言い当てられてデートする羽目になったら可哀想じゃない?デートするしないは別にして、一護が言い当てて上げれば井上さんは助かると思うけどなあ。」

水色が窓に映る景色を見ながら言う助言は驚く程、的確で。
つまりは俺に、一発気合いを入れろと言うことなんだろう。

「…行ってくる。」
「応援してるよ。」

立ち上がった俺にひらひらと手を振る水色の声を背中に、俺は教室を出た。



井上は予想通り、下駄箱を覗きながら立ち尽くしていた。
どうせ、また男連中が井上を待ち伏せしているんだろう。

…他の野郎なんかに、デートなんかさせてたまるか。

俺は後ろから井上の腕を掴んだ。

「きゃっ…!」
「…悪い、驚かせて。」

小さな悲鳴と共に井上が振り返る。
井上の表情は戸惑っていたけれど、俺は勢いそのままに井上を空き教室へと連れて行った…。


「…あのさ…。」

静かな教室。
二人きりという現実に今更緊張して、言葉を探す。

「…結局、言い当てたヤツ、居たのか?」
「え?う、ううん…。」

首を振る井上に、内心ほっとした。
間に合った。

「…髪、切ったろ。」
「…え?」

俺の声に、目を丸くする井上。

「…だから、後ろの髪、切ったろ。7cmぐらい…。」
「ど、どうしてわかったの?!」
「そりゃ、見てりゃ分かるよ…。」

井上が俺の答えをどう受け止めたかは解らないけれど。
正面を見据える度胸なんてない俺は、目を逸らして井上に手を差し出した。

「…く、黒崎くん?」
「…帰るぞ。もう俺が言い当てたんだから、このゲームも終わりだろ?」

ふわりと俺の手に重なる、井上の手の感触。体温と一緒に何となく伝わる、井上の気持ち。

「ありがとう、黒崎くん…。」

綺麗な笑顔と共にくれた感謝の言葉は、「本物」だって自惚れても、いいか?


…そのあとは、教室で作戦会議。
待ち伏せする男連中に、ゲームは終わったとさりげなく見せつけるための。

まるで悪戯を考えるようにあれこれ思案していたら、井上が思いきった様に俺の小指をきゅっ…と握った。
ドキリと跳ねる俺の心臓。

「…これぐらい、してもいい…かな…?」

ああもう、そのはにかんだ笑顔と上目遣い、マジで犯罪だろ。
…けど、俺の覚悟も決まった。
せっかくなら、ゲームの勝者としてお姫様と堂々と凱旋してやるさ…

(2012.10.)
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