7cm






…その日、織姫は学校内を逃げ回るように移動し続けていた。




《7cm》




発端は、今朝のクラスでの些細な会話。

「今日、織姫にいつもと違うとこがあるんだけど、分かる?」

たつきが、ニヤニヤしながらそう言った。

「え?…いつもと同じに見えるけど…。」

鈴たちが織姫をじっと観察するが、見たところ昨日の織姫とどこも変わっていない。

「本当に、どっか変わってるの?」
「う、うん。一応…と言いますか…ハイ。」

みちるの問いかけに、織姫は困ったように笑って答える。

その様子に、千鶴がちっちっと人差し指を揺らした。

「みんな、ヒメへの愛が足りないのよっ!私には分かるわよ。バストサイズがまた1カップ上がったんでしょう?!…ぐはっ!」
「また、アンタはそう言うことを!」

たつきの拳骨にもめげず、千鶴は続ける。

「じゃあ、ここは一つ、ゲームにしましょう!ヒメの変化を言い当てた人が、ヒメとデートできるってのはどう?」

ところが、千鶴の人差し指をびしっとつき出しての提案に、乗ってきたのは友人達ではなかった。

「成る程!乗った!僕らも参加しますよ~ん!」

そう、この会話を横で聞いていた啓吾達が口を挟んだのだ。

「は?!何でアンタ達が出て来るのよ!」
「チャンスは平等にあるべきだろう?井上さんとのデートなんて、まさに男の夢じゃん!」
「…まあ、井上さんのことよく見てた人がデートできるんだから、理にはかなってるしね。」

そう言う啓吾と水色を、頬杖をついて眺める一護とチャド。
織姫は一護と一瞬目が合った気がしたが、一護はふいっと窓の外の景色に視線を移してしまった。

「そんな訳で井上さん!僕ちゃんが当てちゃいますよ~!実は、制服のブラウスを新調したでしょう?!随分、胸の辺りが苦しそうだったから…ぐえぇっ。」
「黙れ、浅野。」

たつきに首を絞められて苦しむ啓吾を見て、皆で笑い合って。

…しかし今回はいつもの様に「それで終わり」とはならなかった。
恐ろしいことに千鶴と啓吾の会話が、学級はおろか学年全体にあっという間に広がってしまったのだ。

「井上さん、髪の分け目を変えたでしょう?!」
「スカートの丈が少し短くなった?!」
「ウェストが細くなった気がするんだけど!」

「…ぜ、全部違いますう~。」

かくして織姫は、デートの権利を獲得するべく「織姫の変化」を言い当てて来る男子生徒達から逃げ回る羽目となった。


…夕方。

織姫が帰ろうと下駄箱をそっと覗くと、やはり待ち構えている男子生徒達。
かと言って教室へ戻ってもこの状況は変わらない。

織姫がどうしようかと思案に暮れていると、後ろから急にぐいっと腕を引かれた。

「きゃっ…!」
「…悪い、驚かせて。」

織姫が振り返ると、腕を掴んでいるのは一護だった。
片想い中の相手に接近されて、織姫は身体中がかああっと熱くなるのを感じる。
そんな織姫の動揺に気付いた様子もなく、一護は織姫を人気のない空き教室へと連れて行った。


「…あのさ…。」

教室の扉を閉めると一護はガリガリっと頭をかき、視線をさ迷わせながらぽつりと呟いた。

「…結局、言い当てたヤツ、居たのか?」
「え?う、ううん…。」

一護の質問の意図が読めない織姫は、それでも素直に答えを返した。

…少しの沈黙が流れる。
織姫は漸く、一護が今日1日多くの男子生徒に追いかけ回されていた自分を気にかけてくれていたことに気がついた。
それだけでも嬉しくて、織姫は火照る頬を両手でそっと覆う。

「…髪、切ったろ。」
「…え?」

一護の声に、くりくりとした目をさらに大きくする織姫。

「…だから、後ろの髪、切ったろ。7cmぐらい…。」
「ど、どうしてわかったの?!」

そう、たつきの言う「織姫の変化」とは実に単純で、髪を切ったことだった。とはいえ元々がロングヘアーの織姫、今日1日で誰も気が付かなかったのだ。

「そりゃ、見てりゃ分かるよ…。」

照れ臭そうに顎をぽりっと指でかくと、一護は顔は明後日の方向を見たまま、織姫に向けてすっと手を差し出した。

「…く、黒崎くん?」
「…帰るぞ。もう俺が言い当てたんだから、このゲームも終わりだろ?」

織姫は夢見心地で一護の手を取った。
「ありがとう、黒崎くん…。」

一護が気にかけてくれたことも、言い当ててくれたことも、手を差し伸べてくれたことも、嬉しくて幸せで。
教室を二人で出て、男子生徒達の待つ下駄箱をどの様に通り抜けるか、一緒に悩んで、笑い合って。

…結局、織姫が一護の小指だけをきゅっと握った状態で、二人は唖然とする他の男子生徒の間を通って帰った。

その帰り道、一護が改めて賞品のデートの約束を取り付けたのは、また別の話。


(2012.10.20)
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