Is this love?



…その井上の表情に、俺の中で一気に膨らむ期待。

「いや…その、彼氏からもらったっていう指輪…してねぇから…さ。」

そう言いながら慌てて口元を覆ったのは、半分は気まずさからで、もう半分は緩んだ口元を隠すため。

「それは…その…。」

言葉を詰まらせ、まるで叱られた子供みたいな目をうろうろとさ迷わせた井上は、そのまま俯いてしまった。

期待が、確信に変わる。
戸惑う井上を気遣い「嫌なら、別に言わなくていいけど」と一瞬言いそうになった俺は、喉の奥にその言葉を押し込んだ。

井上を傷つけるのを承知で、それでも俺は聞きたいんだ。
…井上の口から、はっきりとした『答え』を。

しばらく続く、無言の時間、重苦しい空気。
それでも答えを求める態度を崩さない俺に、井上はゆっくりと声を発した。

「…け、喧嘩…してるの。」
「喧嘩…?喧嘩してると、指輪しねぇの?」

井上の口から「喧嘩」という不似合いな言葉が出たことに少し驚きながらも、追及の手を緩めることをしない俺。
井上の声は、聞き取れないほど小さくなっていく。

「その…喧嘩の勢いで、指輪を突き返しちゃって…それで、ないの…。」
井上が、指輪を突き返す?
俺は、思わず眉をひそめた。

いつも穏やかで誰に対しても優しい井上が、指輪を突き返すほどの激しい喧嘩をした…それがどうにも想像出来なくて。

どんな理由で喧嘩になったのか解らないが、井上がその原因を作ったとは考えにくいし、相手に原因があったとしても井上なら大抵のことは許してしまいそうな気がする。

「…いつからだ?」
「…と、10日ぐらい前、かな…?」

俯いたまま、曖昧な返事を返す井上の表情は読めない。

「…それで、謝っても来ないのか?10日も?」
「……。」

俺の容赦のない問いかけに遂に黙りこくってしまう井上。
それでも、井上を心配するような素振りを見せながら、俺は頭の裏でズルい計算を巡らせ、必死に自分を正当化させていた。

…優しい井上を怒らせた挙げ句、10日もほかっておくようなヤツの井上への気持ちなんて、大したことないに違いない。

そもそも、たかが半年程度の付き合いで井上の本当の良さが解る訳がない。
どうせ、可愛いからとかスタイルがいいからとかその程度のことで。

俺なら、井上のことをもっとずっと解ってる。井上が抱えてる辛い過去も孤独も知ってる。
3年という月日と死神業の中で築き上げた、特殊で特別な絆だってある。

…だから、そんなヤツと付き合うのは止めて、俺にすればいい…。

井上の気持ちを完全に無視し、そう俺の脳ミソが自分勝手に結論付けた瞬間。
…今までずっと膨らみ続けていた俺の感情を縛っていた理性の鎖が、音を立てて弾け飛んだ。



「…あ、あはは!れ、恋愛は難しいですな!」

重苦しい空気が続く中、俺の目の前でやっと顔を上げた井上は自嘲気味にそう言って無理矢理笑った。

…ごめんな、井上。

あの卒業式の日も、そして今も、彼女を苦しめ傷つけているのは、間違いなく俺なのに。
…それでも止められないあまりにも身勝手で自己中心的な俺の願い。

…俺…どうしても、どうしても、井上が欲しい。

「は、半年前も黒崎くんにフラれてるし、私もまだまだ未熟者ってことで…。」
「…違う!」

井上のその言葉を、俺は思わず大声で否定する。
気まずそうに笑っていた井上が、俺の声にびくりと震えて俺を怯えた目で見つめた。

「あれは…あの時は…気が付かなかっただけだ。」
まるでブレーキの壊れた車が暴走するかの様に、昂った想いが俺を突き動かす。

俺と井上を隔てるテーブルを乱暴に脇へと押しやり、俺は一気に井上との距離を縮めた。

「く、黒崎くん…?」

驚いた井上が身を引くより早く俺の両手は井上の細い両手首を掴む。

「く、黒崎くん?どうしたの?」
「…別れちまえよ。」
「…え?」

俺の言葉に、戸惑う井上の揺れる瞳が大きく見開かれた。

「そんなヤツに、井上は勿体ねぇ。俺なら、オマエのこと10日もほったらかしたりしねぇよ。」
「きゃっ…!」

感情の赴くまま、俺は井上を壁に押し付け彼女の逃げ場を奪う。
井上が小さく悲鳴をあげても、俺はもう自分で自分を止められなかった。

「指輪なら、俺が新しいヤツ買ってやるから。」「く、くろさ…。」

手首を掴んでいた両手を滑らせ、井上の細い指に俺の指を絡ませ、壁に固定する。
僅かに震える井上に、ゆっくりと顔を近づけて。

「だから、俺にしとけよ…。」
「…っ…。」

そのまま、俺は井上の唇を奪った。





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