Is this love?




「黒崎くん、お待たせしました!」
「いや、全然待ってねぇよ。」

…1週間後。

俺と井上は土曜の昼下がり、駅の側の雑貨屋で待ち合わせをした。

息を切らしながら俺の元に駆け寄る井上は、秋らしいチェック地のミニのワンピースにブーツを身に着けていて、ぶっちゃけめちゃくちゃ可愛かった。

「ごめんなさい、もう少し早く到着する予定だったんだけど…!」

顔の前で両手を合わせ頭を下げる井上。
俺は真っ先にその指に目を走らせた。

…やっぱりしていない、指輪。

「いいって。待ち合わせ時間より10分早いんだからさ。じゃあ、店に入るか。」
俺は浮き立つ心を押し隠し、店の扉を開けた。



「…わあ!どれを買おうか迷っちゃうね!」
「あ、おい!井上走るな!」
店に一歩足を入れれば、顔をぱあっと輝かせて商品が陳列されている棚にダッシュする井上。

俺は無邪気な井上にやれやれと溜め息を吐くと後に続いた。

『…もしかしたら、井上は彼氏と上手くいっていないのかもしれない。』

1週間前、俺の中に生まれた微かな希望。

それは井上にとって決して幸せなことではないと知りながら、俺の願望は日に日に膨らんでいった。…あの日は指輪をたまたましていなかっただけかもしれない。週末の予定も偶然空いていただけかもしれない。

頭ではそう解っていながらも、すがりつく可能性を見つけてしまった俺は井上を想う気持ちに歯止めをかける術をなくし、どんどん貪欲になっていき。

たつきの動向を知ることを口実に、井上と頻繁にメールのやり取りもした。

それによれば、熊本の大会で見事優勝し、日本一強い女子大生となったたつきは、今日もまた強化合宿とやらで買い出しには参加できないらしい。
…けれど、たつきには悪いが俺にとっては正直有り難かった。

「ねぇねぇ、見て、黒崎くん!このぬいぐるみ景品にどうかな?」
「ああ、いいんじゃね?ウケ狙いで。」
「ええっ?!この可愛さは正統派ですぞ!」

…井上と二人、雑貨屋で買い物。
これって…デートってことだろう?

井上はくるくると表情を変えながら、それは楽しそうに商品を手に取り俺に見せてくる。

そのセンスはさすが井上…って感じだったけれど、自分の物でもないのに一生懸命商品を選ぶ井上は本当に楽しそうで。
…俺の、胸の辺りがぎゅっと締め付けられた。
せっかくデートしているのに、俺と井上は恋人同士じゃない。

…なあ、井上。
俺じゃ、ダメなのか?

今、目の前のオマエは本当に楽しそうで、幸せそうで。
…だったら、俺にもまだ望みがあるって、そう信じちゃいけないのか?

俺とこうしている瞬間にも、オマエの中には違う誰かがいるのか…?


カラフルな商品が陳列されている棚をぼんやりと眺めていた俺の思考を遮る様に、ちょんちょんと引っ張られる服の裾。
はっとして振り返れば、そこには井上の笑顔があった。

「ねぇ、黒崎くんはどれがいいの?男の子目線の景品もあった方がいいよね!」
「え?あ、ああ…そうだな。」

その場を取り繕うべく、眺めていた棚から適当な物を慌てて手に取り井上に見せる。
心のどこかで井上との関係に答えを求めながらも、俺はとりあえず井上との買い物デートに集中することにした…。



「はぁ~、楽しかったね!何だかすっごく贅沢した気分!」
「…別にコレ、井上のモノにはならねぇぞ?」
「でもでも、可愛いなって思った物をどんどん買えちゃうなんて、やっぱり贅沢です!」

大量の景品を買い込んだ俺と井上は、井上のアパートに戻ってきた。
「沢山の荷物を持ってくれてありがとうございました!」
大袈裟にぺこりと頭を下げる井上。

「いや、かさばるだけで大して重くなかったよ。」
これぐらい男としては当然だし、井上にはいいところ見せたかったし。
俺は笑って答えると部屋の角に景品の入った袋をどさりと置いた。

「今からこれを袋詰めしなきゃいけないんだね。…でも、ちょっと休憩しませんか?」

そう言うと、はしゃぎ過ぎて疲れた井上はテーブルの前にぺたりと腰を下ろす。俺もまた井上の向かいに座った。

…しかし。
一見井上と他愛もない話をしながら、その実俺の頭の中では全く別の計算が働いていた。

これで景品の準備が終わってしまえば、俺はここに来る理由を失う。
…そうなる前に、俺は…。

「…なぁ、井上。」
「うん、なぁに?」

何も知らず小首を傾げる井上の純粋な眼差しに、僅かに罪悪感を募らせる俺。

…それでも。
井上の優しい心を傷付けるかもしれない、俺の我が儘以外の何物でもない賭けに、俺は打って出た。

「…あのさ、オマエ、彼氏と上手くいってるのか?」
「…え?」

…その瞬間。
井上の表情が一気に凍り付き、瞳に怯えに似たものが走った。




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