Is this love?



「そうだ!黒崎くん、コーヒー飲みませんか?」

突然ぱちんと嬉しそうに手を打ち鳴らし、俺の返事を待たずして立ち上がる井上。
井上はキッチンの奥へしばらく姿を消し、クッキーとコーヒーをトレイに乗せて戻って来た。

「ささ、どうぞ~!」

満面の笑みでそれを差し出す井上。
俺は軽く礼を言って手を伸ばし、コーヒーを一口すすった。
口に広がるほどよい苦味と立ち上る香りが、随分と本格的に感じる。

「井上、これ…。」
「ふっふっふ、さすが黒崎くん、気がつきましたな?」

思わせ振りに笑った井上は、キッチンから何かを大事そうに抱えてきた。
「じゃーん!バリスタでーす!」
「へえ…。」

井上は感心する俺に満足気に笑うと、バリスタをキッチンに戻して俺の横に座った。

「私じゃ、コーヒーの良し悪しなんて解らないんだけど、やっぱり黒崎くんなら解るんだね!」
「そりゃ、それだけミルクと砂糖入れてりゃ、井上にはどのコーヒーも同じだろうなぁ。」

俺の横で、自分用のコーヒーに大量の砂糖とミルクを投入し甘口カフェオレへと変えていく井上に苦笑いしながら、もう一口コーヒーを口にして。

…そうして、気が付く。
…コーヒーにこだわらない井上に、バリスタなんて必要ない。

じゃあ、誰のための…?

口に含んだコーヒーの苦味が、突然後味の悪いモノに変わる。

井上の手に納まっているコーヒーのマグカップと俺の手にあるマグカップも、よく見れば色ちがいのお揃い。

井上のは、白地に黒のロゴ。俺のは黒地に白のロゴ。

…俺が今手にしているマグカップを、いつもここで手にしているのは…。

ずんと何かがのし掛かった様に重くなる頭。
胸の辺りがズキンズキンと痛みを訴え出す。

「ささ、黒崎くん、クッキーもどうぞ~!。」

それでも井上には勘づかれまいと、下手くそな作り笑いでクッキーを受け取り口へ運ぶ。

…味なんて、わかりもしない。パサパサに乾いた不快なそれを無理矢理喉の奥へと押し込むだけで精一杯だった。

「このクッキーね、バイト先のパン屋さんで作ってるんだ。美味しいでしょう?」

俺の横、それはそれは幸せそうな笑みで同じクッキーを口に運ぶ井上。

なあ、井上。
オマエはいつもここで、こうして彼氏とバリスタで淹れたコーヒーを飲んで、そうやって笑ってんのか?
その男に、オマエはどんな顔を見せて、どこまで許してるんだ…?

ビシビシと身体中に走る痛み。

いてもたってもいられず、一瞬井上に俺のこの感情の全てをぶつけてしまいたい衝動にかられる。

井上を想う気持ちも、そこから生まれる醜い嫉妬心も独占欲も全てぶちまけたら、俺は楽になれるのか?

「…どうしたの?黒崎くん。やっぱり、どこか具合悪い?」

井上の声にびくりと身体を震わせた俺は、すぐ横で俺を見上げる井上の不安気な表情に、ギリギリのところで理性を取り戻した。

「あ…いや、何でもねぇよ。」
「でも…。」
「…本当に、大丈夫だから。」

井上のそれ以上の追及を逃れるべく、俺は井上が書いたメモ用紙を音を立てて大袈裟に手に取る。

どれぐらいの金額の品をいくつ買うかが書き出されたそのメモは、さすがに井上だけあって綺麗な字で読みやすく、しかも予算内で少し余裕を持たせて計算してあった。

「よし、じゃあ来週にでも買い出しに行くか?金は俺が立て替えられるように用意しておくからさ。」
「え?あ、うん。いいよ。土曜日と日曜日、どっちがいいかなあ?」

急とも言える買い出しの提案に、井上は多少戸惑いながらも頷く。井上は部屋の角に置いてある鞄から手帳を引っ張り出すと、パラパラとページをめくった。

「…俺は、土曜日がいい。」
「うん、土曜日ね。」

…別に、日曜日に予定がある訳じゃない。
井上に1日でも早く会いたい、ただそれだけ。
焦って買い出しに行く理由は、少なくとも俺に会っている間は、井上と彼氏を引き離しておけるから。

…ごめんな、井上。
俺、本当にサイテーな男で。
オマエの幸せより自分のエゴを優先するような男で。

そう心の中で再び謝りつつ、手帳にペンを走らせる井上の手を見て、あることに気付き俺は目を見開いた。

…指輪を、していない。

確かにあの日井上は『誕生日に彼氏から指輪をもらった』と言っていて。
彼女の性格なら肌身離さずつけていそうなものなのだが、井上の両手のどの指にも指輪は見当たらなかった。

…よく考えれば、彼氏持ちの井上が、今週末も来週末も予定が入っていないことも些か不自然だ。

…井上、オマエもしかして…?

その瞬間、俺の中に生まれる、淡くそして醜い希望。

それを慌てて押し隠し、俺は1週間後に井上と再び会う約束を取り付け帰路についたのだった…。



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