Is this love?
「…いや、マズイんじゃねぇの?それって…。」
「え?何が?」
「…いや、何でもねぇ…。」
きょとんとして俺を不思議そうに見る井上に、俺は言葉を濁す。
井上は俺をたつきと同じ様な感覚で招き入れたんだろうが。
…井上のカレシとやらは、他の男と自分の彼女がこうして二人きりで一つの部屋で過ごして平気なのか?
少なくとも、俺は嫌だ。
井上が他の男とこの部屋で…。
そこまで考えて、俺は思わず首を左右に振って思考を止めた。
考えたくもなかった。
…井上が大学に入ってすぐに今の男と付き合い出したとしても、たかが半年程度。
井上は奥手で真面目だ。
きっとそう簡単に男を部屋へ入れたりしない…。
俺は自分のことは棚に上げ、実に自分に都合のいい様に考えをまとめた。
…そうしなければ、耐えられそうになかったから。
「どうしたの?黒崎くん。」
名を呼ばれはっとして顔を上げれば、目の前には心配そうに俺の顔を覗き込む井上。
「大丈夫?何だか、辛そうだけど…。今日、体調良くなかった?」
「あ?な、何でもねぇよ。俺が頑丈に出来てるのは、井上も知ってるだろ?」俺が慌てて笑顔を取り繕えば、井上もほっとしたように笑う。
ヤバいな、顔に出てたのか。もう少し、気を付けねぇと…。
俺の焦りに気付くことなく、井上はテーブルの上に一枚のメモ用紙を差し出した。
「これ、小島くんから教えてもらったこと書き出しておいたの。」
そこには、同窓会の参加予定人数やら、会場となる店の詳細やら、賞品に使える予算やらが書き出されている。
「あ、ああ、サンキューな。」
そうだ、俺は今日ここに同窓会の出し物の相談に来たんだった。
本来の目的を漸く思い出した俺は、井上と出し物の打ち合わせをすることに意識を集中させた…。
「けっこうな人数が来るんだな。」
「うん。だから、小島くんも、あんまり複雑なゲームや出し物は難しいだろうから、無難にビンゴぐらいがいいかもって言ってたよ。」
「まあ…出し物に時間を使うより、みんなダベりたいだろうしな。」
…井上との出し物の相談は、俺にとって心地よい時間だった。
何だよ、俺こんなにも井上と自然に喋れるんじゃねぇか。
「じゃあ、ビンゴの景品は、この予算の中で買わなくちゃいけないな。」「うん。みんなに参加賞とかあった方がいいのかなぁ?」
「けど、参加賞にあんまり金額割いたら、上位の賞品が安いモンしか買えなくなるからな…参加賞は駄菓子程度でいいんじゃねぇ?」
…そんな話を井上と肩を並べてしながら、俺はふと高校時代のヒトコマを思い出した。
死神業が忙しくて勉強が疎かになっていた俺に、よくこうして勉強を教えてくれたのが井上だった。
教室で机を並べて、勉強以外にもあれこれ話をして…。
今思えば、この髪の色や目付きの悪さから誰しもが俺をどこか怯えた目で見ていたあの頃、井上だけが屈託ない笑顔で接してくれていた。
そうだ、井上だけがちゃんと俺を見ててくれて。だから俺も、井上を護りたくて…。
何で、気付かなかったんだろう。
何で、フッちまったんだろう。
あの卒業式の日、俺が返事を間違えていなければ、今頃井上の隣は俺だけのものだった筈なのに。
ずっとずっと、こんな柔らかい時間を井上と過ごしていけた筈なのに…。
なあ、こんな感情を、多分『恋』っていうんだろう?
…ただ、気付いたのがあまりに遅すぎて、それはもう痛みでしかなかったけれど。
…俺のすぐ傍には、予算内で何をいくつ買えるかあれこれ計算し、メモ用紙とにらめっこしている井上。
俺がどんな眼差しで自分を見ているかも知らずに、ただ純粋で真っ直ぐな視線は俺を振り返ることはなく。
俺は静かに目を伏せた。
…ごめんな、井上。
多分、オマエは3年もの間、ずっとこんな痛みを抱えていたんだろう?
挙げ句、勇気を振り絞ったオマエからの告白を、よく考えもせずに断ったりして、ごめん。
…そう、きっと俺が今味わっているこの痛みは、俺がオマエを傷付けた罰。
仕方のないことだって解ってる、だけど。
…だったら、罰を受け続けた俺がいつか許されて、もう一度井上と男として向き合える日が来ることを、心のどこかで願い続けてもいいんだろうか…?
なあ、井上。
オマエがもし、今の俺の気持ちを知ったら、『何を今更』って怒るか?それとも…。
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