Is this love?




…それからしばらくは、高校時代の仲間とは再び無縁の時間を過ごした。
井上からは勿論、啓吾や水色からの連絡もなく。

…けれどそれは、俺にとってはむしろちょうどよく、また必要不可欠な空白の時間だった。

…つまり、井上への気持ちを、整理するための。

俺のこの感情が、水色の言う通り「恋愛」なら、終わらせなければいけないものだから。

よく『逃がした魚はデカイ』って言うから、きっと井上のことも、必要以上に未練に感じてしまうんだろう、とか。
独り暮らしを始めたせいで妙に人恋しくなっていて、それを紛らわしたい為に求めたのがたまたま井上だったんだろう、とか。

…けれど。

見え透いた嘘で自分を誤魔化そうとしてみたり、あれこれ理屈をつけてみたりしたところで、結局俺の心を埋めるのは「納得」じゃなくて「虚しさ」で。

頭では「これ以上、井上のことを考えるな」と指令を出しているのに、気が付けば井上のことを想う時間はむしろ増えていて。

…それどころか、あろうことか俺は井上を、夢の中で「抱く」様になっていた。
その夢はどこまでも生々しくて、なのに全てが俺に都合のいいように出来上がっていて。ベッドの上、目覚めれば俺を襲うのは言い様のない罪悪感。

「…サイテーだ、俺…。」

ドラマや小説で聞くような『誰かを想って眠れない』だとか『胸が苦しい』だとか、そんな文章の誇張表現と思っていたそれに、まさに押し潰されそうな俺がいて。

井上を想う度、心臓を抉られた様な痛みが走る。

…人間の感情なんて、脳ミソにあるって科学的にはとっくに証明されているし、俺もそう信じて疑わなかったけれど。
今、痛みを訴えているのは、間違いなく俺の胸の辺り。

無意識に俺の手は、シャツの心臓辺りを破りそうほど鷲掴みしていた。

…そう、俺の「ココロ」は、確かに、此処にあるのかもしれない…。



薄暗い部屋の中、灯りも付けずぼんやりとベッドの海に沈む俺の耳に届く、ケータイのメール着信音。

…井上のことを考えない、なんて嘯く俺をまるで嘲笑うかの様に、着信ランプが暗闇の中で鮮やかに光る。

そうだ俺は、今も心の何処かでメールの送信者が井上であることをこんなにも期待していて…。

気だるい身体を起こしケータイを開く。
そして、俺はそこに表示されている名前に反射的に身体を震わせた。
そう、そこに表示されているのは確かに井上の名前だった…。







…その週末。

俺は、井上のアパートの前にいた。

同窓会の粗方の出席人数が把握できたので、そろそろ俺や井上にも動いてほしい…と水色から井上に連絡が入ったというからだ。

メールによれば、俺だけじゃなくたつきも来るらしいが、それでもなんでその辺のファミレスじゃなくてわざわざ井上の部屋なんだろう。

まるで、俺を試すみたいに。

「はぁ…。」

たかだかインターホンを押すのに、馬鹿みたいに緊張する俺。
震える指で、ゆっくりとインターホンを押せば、扉の向こうから聞こえる軽やかな足音。

「はーい!黒崎くん、いらっしゃいませ!」

扉を開けて、拍子抜けしそうなほど明るい笑顔で俺を出迎えてくれる井上。

「…おう、邪魔して悪いな。」
「いえいえ、ささ、どうぞどうぞ~!」

俺を部屋へと招く井上の無邪気さに、俺は半分救われて、でも半分失望して部屋へと足を入れる。

…なんか、本当に「ただのオトモダチ」として扱われているみたいで。
それを不当だと感じる俺が間違っているのに。俺は自分自身に苛立ちながら、それでもリビングに腰を下ろした。

「…なあ、たつきは?」

会話の糸口が欲しくて、まだ部屋にいないたつきの所在を尋ねる俺に、井上は申し訳なさそうに答えた。

「…それがね、たつきちゃんは今日、来ないの。」
「…は?!」

まさかの返事に耳を疑う俺に、井上が続ける。

「たつきちゃんは今、熊本にいるんだって。」
「く、熊本?!」

何だってそんなところに…と言う俺の言葉を待たずして、井上がたつきに変わって弁解をする。

「たつきちゃん、昨日から大事な試合で熊本に行っててね?2回戦ですごく強い子に当たるから、多分負けて今日にはこっちに戻れる予定だったんだけど…。予想外に勝っちゃったんだって。」

井上は、困った様に笑って見せる。

「熊本から戻る時間が直前まで分からないから、待ち合わせは私のアパートにしようって言ってたのはたつきちゃんだったんだけどね。」

あはは、と呑気に笑い俺の向かいに座る井上。
けれど、俺は身体中がかああっと熱くなるのを抑えられずにいた。

今からしばらく、二人きりなのか?!
俺と井上だけで…?!




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