Is this love?



「…そ…っか…。よ、よかった、な…。」

ぐらぐらと揺れる脳髄。何かが大きな音を立てながら崩れていくような感覚。

吐き気にも似た、不快な何かが俺を襲う中で、それでも俺の口はまるで感情のこもっていない祝辞を述べていた。

「…うん、ありがとう。」
「…ちゃんと、優しくしてもらってる、か?」
「うん。この間、誕生日だったから、指輪を買ってもらったよ。…そんな高いのじゃないけど。」

井上の言葉を聞きながら、手に持った皿を落とさずにいるのが精一杯の俺。

不幸中の幸いだったのは、井上もまた俺の方を一度も見ようとはせず、俯いたまま言葉を交わしていたこと。

…今の俺は、多分作り笑いすらできないだろうから。

「…だから、もう大丈夫だからね。あの日のことは、気にしないでね…。」

それだけ言うと、井上は最後まで俺を見ることなく、席へと戻っていった。


「…井上…。」

一人、身動きできず立ち尽くす俺。
ずぐり、胸の辺りが抉られた様に痛む。

「…いてぇ…。」

料理の向こうの窓ガラスに、歪んだ俺の顔が映る。
…違う、歪んでいるのは俺のココロ。
あの日井上をフッておきながら、それでももしかしたらまだ俺を想っていてくれるんじゃないか…なんて、浅はかで図々しい期待をどこかでしていて。
その期待を裏切られた…なんて勝手に傷ついて、挙げ句幸せを掴んだ井上を祝福することすらできず。

どこまでも身勝手で我が儘な、俺の醜い感情。

井上ぐらい外見も性格も頭も良ければ、言い寄る男なんていくらでもいるであろうことは、簡単に想像できたのに。

「…ちくしょう…。」

井上は俺のモノじゃないのに、まるで横取りされたような悔しさが込み上げる。

…それでも、いつまでもここに立っている訳にもいかず、漸く動くようになった身体を引きずり、俺は料理を適当に皿に盛って席へと戻るしかなかった。



「…おかえり一護。遅かったね。」
水色の言葉に返事を返す気力もなく、俺は頷くだけで静かに席に着く。

「一護のいない間に、もう仕事の分担決めちゃったぜ~?」

頼むから、誰も俺の心の内に気付いてくれるな…と願っていた俺にとって、この啓吾の無神経さは有り難かった。

…しかし。

「一護と井上さんは、出し物と景品の準備だからな!」
「…は?!」次に啓吾の口から跳び出した言葉に、俺は絶句した。

「な、何で?!」
「だって、井上さんは教育学部、一護は医学部でいちばん忙しそうだからさ。面倒な出欠の確認とか、場所の予約とかはボクらでやるから、それぐらいは引き受けてよ。」
「いや、しかしだな…!」
「アタシも試合さえなけりゃ手伝うからさ。ね、織姫。」

焦る俺を畳み掛ける様に水色とたつきがそう言うので、俺はそれ以上返す言葉が見つけられず。

井上をちらりと見れば、たつきの横で、少し困った様に笑っているが、どうやら彼女の了解は既に得ているらしい。

…井上にとっちゃ、俺はもう『ただのオトモダチ』だから構わない…ってことなのか…?

結局モヤモヤとしたモノを抱えたまま、水色の言う通りに俺は動くしかなくて。
その後は同窓会の具体的な日時や場所の候補、予算などを話し合って終わりとなった。



打ち合わせの会は店から出ると解散。
女子達はまだ話したりないからと次の店へと出掛けていった。

揺れる胡桃色の髪をぼんやりと見送る俺の肩を、ふいにぽんっと誰かが叩く。

「…一護、頑張れよ。」「…頑張るって、何をだよ。」

俺を見上げる水色。
その顔には、全てを見透かした様な笑みが浮かんでいる。

「せっかくチャンスを作ってあげたんだから、ここで一つ男らしく決めてみたら?」
「…意味わかんねーよ。」

踵を返してその場から逃げようとする俺の肩を、水色がぐっと掴んだ。

「今日、ずっと井上さんを目で追ってたでしょ?恋愛は、スタートしようと思った日がスタートだよ。」

その水色の言葉に、ドキリとした俺は思わず目を見開く。

水色は満足気に大きく頷くと、それ以上何も言わず啓吾の方へ走っていった。


恋愛…?

俺が今抱いている感情を『恋』っていうのか?

お前がもし俺の立場だとしたら…それでもお前は「スタートだ」って笑って言えるのか?

…なあ、俺は多分ガキ過ぎて、何にも解らないんだ。
教えてくれよ、水色。お前なら、一体どうするんだ…?




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