graduation




《graduation》



学生の門出を祝うように、例年より早く咲き始めた桜がキャンパスを彩る。
「卒業式」という入り口の看板を通過し、井上と待ち合わせた大学正門のロータリーに車を乗り入れ、停車する。

車の中から辺りを伺えば、袴姿の女子大生の一団の中、一際目立つ胡桃色を見つけた。
桜色の着物に、紺色の袴。
サイドの髪を後ろでまとめ、赤いリボンで結っている彼女。

「…似合ってるな。」

大学の卒業式はどうしても袴姿で参加したいから、バイトを必死に頑張っているんだ…以前会ったとき、そんな話を彼女がしていたことを思い出す。
無事願いが叶ったことに安堵すると共に、覚えるのは少しの寂しさ。

そうしてしばらく袴姿の彼女が友達と写真を撮り、別れを惜しんでいる様子を眺めていれば。

「…あ、黒崎くん!」

やがて俺に気付いた井上が咲き誇る桜にも負けない笑顔を俺に向けた。

車の中から軽く手を上げてそれに答えれば、彼女は途端に慌ただしく友人に別れを告げて。

「じゃあ、謝恩会でね!」
「いいなぁ。織姫、彼氏のお迎えかぁ~。」
「え、えへへ。じゃあね!」

同じく袴姿の友人達に見送られ俺の元へ駆けてきた井上を助手席に乗せて。俺は車のエンジンをかけた。









「ありがとう、黒崎くん。」
「いや、会いたいって言ったのは俺だし。」
「えへへ…私も、袴姿を黒崎くんに見てもらえて嬉しいな。」

井上の大学を出て、彼女のアパートへと向かう車の中。
信号待ちの隙にチラリと井上を見れば、彼女の手には卒業証書の入った筒。
そしてその右手の薬指に、輝く指輪。

「黒崎くんの大学は、春休みに入ったの?」
「ああ。だから、今週中はずっと空座にいる予定。」
「そっか。久しぶりだね、そんなに長く空座にいるのって。」

そんな話をしながら車を運転していれば、ふいに井上が助手席でクスリ…と笑った。

「…何だ?」
「…もしかして黒崎くん、先越されてちょっと拗ねてる?」
「………。」
「だって、何か雰囲気ヘンだもん。…ね、拗ねてる?」
「…おう。」

視線が前を向いたままなのは運転中だからってことにして。
それでも俺が正直に頷けば、井上は再びクスクスと困った様に笑った。




この春に大学を卒業した井上。
そして彼女は4月から念願の教職につく。
それに対して、あと2年は学生を続ける医大生の俺。
仕方のないこととは言え、先に井上が社会人になってしまうことが何となく面白くないんだ…なんてガキみたいな感情も、井上にはバレバレだったらしく。

さすがに3年半も付き合っただけのことはあるよな…なんて思いながら、俺は井上の薬指の輝きを改めて確認した。

想いを打ち明け、通じ合った次の日、2人で雑貨屋に出かけて買ったオープンハートの指輪。

俺や井上の周りで、多くの友人に彼氏・彼女ができ…また別れる姿も沢山見てきた中で、一度も彼女の薬指から外されることのなかった指輪。

勿論、いつだって会える訳じゃないし、いつだって順風満帆だった訳でもないけれど。
それでも、確かに繋いできた絆、その証。

…だから、今日は。

その指輪から…『卒業』しよう…井上。

俺の為…そして、オマエの未来の為に…。












車を30分程走らせて着いた、井上のアパート。

井上は袴姿のまま、いつものバリスタで俺にはコーヒーを、自分にはカフェオレを淹れた。

「…その袴、いつまで着てるんだ?」
「うん、せっかくだから、謝恩会には袴姿で出ようねって皆で打ち合わせたんだ。これレンタルだけど、明日中に返却すればいいから…。」
俺がコーヒーに口を付けながら尋ねれば、井上は嬉しそうに笑ってそう答えながら、着崩れを気にしているのか至極ゆっくりと俺の隣に座った。

卒業式から夜の謝恩会までの間、本来なら大学の友人と喫茶店でお喋りでもして過ごすんだろうけど。
…今日はどうしても井上に会う必要があって、俺がその時間を奪った。

そう、俺はどうしても…オマエに言わなくちゃいけないことがあるんだ…。

「…井上。」
「はぁい?」

決心が鈍らないうちに…そう覚悟を決めた俺は、コーヒーを煽ると大きく深呼吸をし、井上と向き合う。
何も知らない井上は、きょとんとして俺を見つめてきた。

「…井上…卒業おめでとう。」
「うん。ありがとう、黒崎くん。」
「多分…これからの時間は、俺にとっても、井上にとっても、正念場になると思う。俺は国家試験の勉強を本格的に始めなくちゃいけないし…井上は新米教師として、慌ただしい毎日を過ごすだろう。」
「う…ん…。」
「会いたい…なんて言ってるヒマもないくらい、お互いの生活が忙しくなると思うんだ。だから…さ。」

俺は井上の右手を取り、ゆっくりと薬指の指輪を外す。

「…この関係からも『卒業』しよう、井上…。」




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