Is this love?



…土曜日。
大学近くのアパートから、直接啓吾から指定されたイタ飯屋に俺は向かった。

どうしようもなく落ち着かない感情を押し隠す様に吊り輪を握りしめていた俺を、電車は淡々と空座へと運び。

気が付けば、駅からすぐ側にあるイタ飯屋に着いてしまっていた。

啓吾が、井上に声をかけたとは限らないのに。
…それでも俺は何かに怯え、同時に何かに期待して。

俺は胸中を駆け巡る複雑な感情を落ち着かせる様に大きく深呼吸をし、意を決して店の中に入った。




「いっちごぉ~!久しぶりだなぁ~!」

店の中を見回せば、ブンブンと音がしそうなほど手を振りながら、啓吾が俺の名を叫んで居場所を主張しているのが嫌でも目に入った。

「…啓吾、恥ずかしいからやめろって…。」

それでも、啓吾が高校時代と全然変わっていないことに少し安堵しながら、俺は店の奥の一団に近づく。

…そうして、すぐさま目に入ったのは、たつきのすぐ隣に座っている、胡桃色。
あれほど会いたかったはずなのに目を会わせることもできず、俺の心臓はどくりと嫌な音を立てる。
…解ってる。それは、俺に井上を傷付けた、負い目があるから。

「一護、いつまでも突っ立ってないで、早く座ったら?」

そう水色に声をかけられて、はっとした俺は空いている席を慌てて探し、井上とは違うテーブルに座った。

「今、日程とか役割分担とか確認していたところ。」
「そう?久しぶりすぎて、話が脱線してばっかりじゃない!」

かつての高校時代の教室の様な盛り上がりを見せる一団。
たつき達の態度を見る限り、俺が井上をフッたことはどうやら誰にも知られていない様で、俺は内心安堵の溜め息をつく。

それでも、水やメニューに手を伸ばすフリをしながらちらちらと井上の様子を伺えば、たつき達と楽しそうに談笑するその笑顔は、半年前より少し大人びた様に見えて、ちくりと胸が痛んだ。
…この半年、時が止まったままだった俺を置いて、井上だけが大人になってしまった様な気がして。
まるで目の前の光景から逃げるかのように、俺は選ぶフリをするべくメニューに目を落とすしかなかった。


…結局、喋ってばかりでメニューの注文すらまとまらない俺達は、水色の提案でバイキング形式のディナーコースを注文することにした。
各々、食べたい料理を皿に盛り、今回集まった本来の目的である越智さんの結婚話に花を咲かせる。

越智さんの結婚相手が、同じ空座一高の数学の先生らしいとか、結婚式の予定は12月末だとか。

周りのメンバーが勝手に盛り上がってくれるのに助けられていた俺は、黙って相槌を打つだけで喋らないため料理の減りが異常に速く。
気が付けば、俺の皿は空になっていた。

話に水を差さないよう、なるべく静かに立ち上がり、俺はおかわりを求めてバイキング料理の並ぶ離れへと向かう。


…そこで、見つけた後ろ姿に、俺は思わず歩みを止めた。
胡桃色の長い髪が、料理を前に行ったり来たりしている。

「…井上…。」

一瞬、何かしら理由をつけて席へ戻りたい衝動にかられたが、しかし『これはチャンスだ』と頭の中で訴えるもう一人の自分が、俺の足を一歩ずつ前へと進めた。

「井上も、おかわりに来たのか?」

精一杯の勇気を振り絞りカラカラの喉で井上に声を掛ける。
肩がびくんっと大きく震え、驚いた様に井上が振り向いた。

「…く、黒崎くん…。あ、うん、そうなんだ。黒崎くんも…?」「…ああ、まあな。」

またすぐに料理の方に向き直り、皿にパスタを乗せる井上。

「…元気だったか?」
「うん。黒崎くんも元気そうでよかったよ。」

そんな社交辞令を交わしながら、俺の心臓はバクバクと激しく音を立てていた。

俺は、井上に会いたかった。
この半年、ずっとそう思ってたんだ。
じゃあ、井上は…?

頭の中でぐるぐると巡るそんな想いが俺の口から跳び出した時、それは自分でも唖然とするほどひねくれた形に変わっていた。

「…井上は、彼氏とか、できたか…?」

言ってしまってから俺を襲う、後悔と期待がない交ぜになった感情。

…けれど。

「…うん…。」

とても小さな声で、それでも俺の耳に届いたのは肯定の二文字。

…井上は、俺に背中を向けたまま、確かに頷いたのだった。




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