JEWEL



…それは、大切なタカラモノ。


《Jewel》


…井上と想いが通じあった翌日。
俺は「買いたい物があるから」と言って、昨日行ったばかりの雑貨屋へ井上と足を運んでいた。

「…買いたい物ってなぁに?黒崎くん。」

何も知らず、それでも嬉しそうに俺の横を歩く井上。
平静を装いながら店の扉を開ける俺も、ぶっちゃけ顔がにやけるのを隠すのに必死だ。

もやもやとした思いを抱えてここへ来ていた昨日とは違い、今日はちゃんと「デートだ」と胸を張って言えるのだから…。

「出し物のビンゴに必要な物なら、全部買ったと思うんだけどなぁ…。」

昨日の買い出しを思い出す様にそう言いながら店の中をぐるりと見渡す井上の手を取り、俺は足早に目的の売り場を目指す。
そうして、井上をカウンターすぐ横にある一角へと連れて来た俺は、ショーケース前に井上の身体をずいっと押し出した。

「…え?」

井上がくりっとした瞳をさらにまん丸くしてショーケースと俺の顔を何度も代わる代わる見る。
その慌てっぷりに、俺は思わず吹き出した。

「…そこまで驚くことないだろ。」
「だ、だって…!」
戸惑う井上の前のショーケースには、沢山の指輪がそれぞれに輝きを放ちながら並んでいる。
勿論ここは雑貨屋だから本格的な物は置いてないけれど。

昨日の俺は指輪を過剰に意識していたからなのか、それともこうなることを望んでいたからなのか。
ここでビンゴの景品の清算を待っている間、やけにこの一角が俺の目を引いたんだ。

「好きなの選べよ、買ってやるから。」
「え、ええっ!そんな、いいよっ!」

俺の予想通り、両手をわたわたと振って遠慮する井上。
そこが井上らしいって言えばその通りなんだが。

「だって、私誕生日はとっくに終わってるし!その、お返しできる物もないしっ…!」
「けど、昨日約束したろ?」
「や、約束っていうか、あ、あれは、そのっ…!」

井上の顔がかあっと一気に赤くなるのにつられ、俺もさすがに恥ずかしくなって思わず横を向いた。
…けれど、昨日強引に井上にキスした時、それこそすがる様な気持ちで「指輪なら俺が買ってやるから」って宣言したのは俺な訳で…。

「お返しとかは、いいんだよ。もう貰うモンは昨日しっかり貰ったから。」

俺のその台詞に、井上から「ぷしゅっ」と湯気が上がったのが見えた気がしたけれど。
井上にとっちゃ(いや、俺もだけど)初めてのキスを無理矢理奪った俺。
何か井上にお詫びの1つもできたら…と夕べずっと考えて、ふと思い付いたのが指輪だった。

「井上、友達の話を聞いて憧れてたんだろ?」
「そ、それはそうだけど…。」

「本当にいいのか」と言いたげな表情で俺を見上げる井上に、俺は黙って頷く。
ゆっくりとショーケースを振り返った井上は、火照った顔をぱたぱたと手で扇ぎながら、漸く指輪を覗き込んだ。
そして、じっと並んでいる指輪を暫く眺めていた井上が、遠慮がちに指を差す。

「えっと…じゃあ、これ…。」
「…どれだ?」
「その…左から3番目の…。」

井上の指差す先にある指輪を見て、俺は思わず盛大に溜め息をついた。

「…あのな、井上。オマエ、値段で選んだだろう?」
「ええっ?そ、そんなことないよ?」
「嘘つけ。」

井上が指差した指輪は、そこにある中で一番値段が安い物。

「…じゃあ、こっち?」
「それも値段が3桁じゃねぇか。子供のオモチャ選んでるんじゃないんだ、ちゃんとデザインで決めろよ。」
「でも、黒崎くんが買ってくれるんなら、値段なんて関係ないよ?」
そう言って俺を見上げる井上の瞳に、嘘はなくて。
…全く、井上は本当に欲がないというか、謙虚というか…。
そりゃ、いきなり高額なモンねだられても俺だって困るけど。

生まれて初めてできた、俺のカノジョ。
喉から手がでるほど欲してやっと手にした、井上という存在。

やっぱりそれなりのモノを贈りたいと思うのは、男として当然な訳で。

「俺が気にするっつーの。とにかく、井上のランチ代より安い指輪は選ぶな。」
「ええっ?!そ、それはハードルがめちゃくちゃ高いですぞ?!」

そう言って焦る井上に、大学生になっても相変わらず凄い食欲なんだな…と苦笑してみる。

「とにかく、俺の財布の心配はしなくていいから。バイトだってちゃんとしてるし、もし買えないほど高額なのを井上が選んだら、正直にそう言う。どうせ買うならお互い納得したもの買った方がいいだろ?」
「う、うん…。」

一応俺の言葉に納得したのか、ショーケースを覗く井上が申し訳なさそうだった表情から真剣なそれに変わる。
俺も井上に任せっきりにするのは止めて、彼女に似合いそうな指輪はないか…とショーケースを覗き込んだ。





.
1/3ページ
スキ