Is this love? 〜織姫sideエピソード〜
…同窓会の最初の打ち合わせの日。
イタリアンレストランにやって来た黒崎くんを一目見て、呼吸が止まった気がしたのを覚えている。
半年の間に、黒崎くんは以前よりずっと大人っぽく、格好良くなっていて、思わず見とれてしまって。
…そうして、慌てて視線を反らしながら悲しいほど自覚してしまった、黒崎くんへの想い。
…何て、諦めの悪い私。
自分でも呆れてしまうほど、まだこんなに好きだなんて…。
…もし、黒崎くんが知ったら、黒崎くんも呆れるかな。
「しつこい女だ」って、嫌われちゃうかな。
…それとも、黒崎くんは優しいから、「フってごめんな」って、あのときみたいに悲しい瞳で自分を責めたりするのかな…。
そんなことを考えながらバイキングの料理をぐずぐずと選んでいたら、料理を取りに来た黒崎くんに声をかけられた。
動揺を押し隠すのに精一杯の私の耳に届いたのは、黒崎くんからの「彼氏はできたのか」っていう問いかけ。
それはどこまでも残酷な響きで私の胸に突き刺さった。
…それでも、優しい彼を傷付けないために。
ううん、違う。
本当は、彼にこれ以上嫌われたくない自分のために。
「…うん。」って頷くだけの、まるで子供みたいな嘘を咄嗟についた。
黒崎くんの「よかったな」とか「大事にしてもらってるか」っていう言葉に心はもう折れる寸前で、顔を上げることすらできなくて。
嘘を必死で取り繕った後、逃げる様にその場を後にした。
…そうして、私は。
世界中でいちばんの親友であるたつきちゃんには、隠し事。
世界中でいちばん大好きな黒崎くんには、嘘。
…2つの大きな罪を抱えることになっていた。
私は、いつか自分を守るための嘘に囲まれて、身動きできなくなるかもしれない…。
そんなことを考えながら薄暗い部屋で夜に飲み込まれそうになりかけた私を連れ戻すかの様に、携帯電話の着信ランプが掌の上で光輝いた。
「…メール?たつきちゃん…?」
携帯電話の画面をそっと見た私の心臓は、そこに表示された名前にどくりと音を立てる。
「…く、黒崎…くん…。」
買い出しの約束をして以来、黒崎くんは毎日メールをくれる。
たつきちゃんの熊本での大会の結果や、買い出しのお店はどこにしようかとか。
黒崎くんは責任感から送っているだけのメール。けれど、私にはまるで恋人同士のやり取りみたいで、それが逆に苦しかった。
…だって、私が黒崎くんと恋人同士になれる日なんて、永遠に来ないんだもの…。
震える指で携帯電話を開けば、メールの文章は『今度の買い出し、たつきは来られそうか?』
…ほらね、たつきちゃん。
黒崎くん、やっぱりたつきちゃんにもいてほしいんだよ。
先週末、二人きりで同窓会の出し物の相談をしたときだって、黒崎くん時々苦痛そうな顔をしてたもの。
私が「具合悪いの?」って心配したら、「大丈夫だ」って笑い返してくれたけれど。
…きっと、黒崎くんにとって私と二人で過ごす時間は、窮屈で不愉快だったのかもしれないから…。
私は迷った挙げ句、ゆっくりと返信メールを打ち始めた。
『たつきちゃんは強化合宿でどうしても来られないみたいだから、よかったら買い出しは来週以降にしましょうか?』
そっと送信ボタンを押した私は、深い溜め息を一つついた。
先週末、私は黒崎くんと二人で同窓会の出し物の相談をした。
黒崎くんにとっては苦痛な時間だったかもしれないけれど、私にとってそれは、まるで夢の中みたいな、幸せな時間で。
たまたま大学生協のくじで当たったバリスタ。
たつきちゃんが誕生日にくれたペアのマグカップ。
永久に使われる筈のなかったそれらに突然舞い降りた、奇跡。
私がバリスタで淹れた珈琲をペアのマグカップで黒崎くんが美味しそうに飲んでいる光景に、泣きたいぐらい幸福になった。
…けれど。
幸せな時間を過ごした反動は、あまりにも大きくて。
綺麗な虹色を描いて浮かんでいたシャボン玉が、ぱちんって割れちゃうみたいに。
マッチ売りの少女がマッチに描いた夢が、小さな炎と一緒に消えちゃうみたいに。
紛い物だった私の幸せも、黒崎くんが帰ると同時に消えてしまって。
…そうして、私を襲うのは幸福を知ったが故の悲しさと罪悪感。
「ごめんね、黒崎くん…。」
私が、もっとちゃんと自分で自分の気持ちをコントロールできる娘だったら。
自分の気持ちより、黒崎くんの気持ちを尊重できる娘だったら。
きっと、貴方を困らせたりしないのに…。
ふと窓の隙間から見上げた夜空は、星がとても綺麗で。
…その透明な瞬きに胸を締め付けられながらも、私の心は、気が付けばやっぱり黒崎くんのことを想っていた…。
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