Is this love? 〜織姫sideエピソード〜
…私の唇が、一つ嘘をついた。
それは誰のためでもなく、ただ愚かな自分を護るためだったの…。
《Is this LOVE?・織姫Sideエピソード》
「ええっ?!たつきちゃん、また来られないの?!」
携帯電話を握りしめ、私は思わずそう叫んでいた。
『だって、しょうがないでしょ?強化選手になっちゃったんだから。』
「そ、それはおめでたいことだけど…。」
『じゃあ、もっと祝ってよね~。』
電話の向こう、たつきちゃんはイタズラっぽくそう笑っている。
たつきちゃんが熊本で行われた空手の大会で優勝したことや、その結果強化選手に指名されたことは、確かに素敵なこと。
だけど…。
「また、黒崎くんと二人きりになっちゃうよ…。」
今週の土曜日、私と黒崎くんは同窓会のビンゴ大会用の景品を買いに行く約束をしている。
今度こそ、たつきちゃんにも一緒にいて欲しかったのに…。
『何言ってるの。むしろチャンスじゃない!せっかくなんだから、一護と買い物デートしておいで!』
「た、たつきちゃん!」
私の困惑ぶりは、電話越しには伝わらないらしく、たつきちゃんは嬉しそうに続ける。
『一護だって、アタシがいない方がいいって思ってるかもよ?』
「そ、そんなことないよ、たつきちゃんが来ないって知ったら、黒崎くんきっと残念がるよ!昨日のメールでもたつきちゃんが来られるかどうか、気にしてたもの。」
『ふ~ん…。』
私は懸命に説得しているつもりなのに、返って来るたつきちゃんの返事は何だか楽しそうで。
「た、たつきちゃん…?」
『脈あり、ね。もし、本当に私に来てほしいなら、直接私に連絡取ればいいことでしょ?あえて織姫にメールするってことは、つまりあんたとメールのやりとりがしたいってことよ。』
「た、たつきちゃん、違うよ、黒崎くんはただ、たつきちゃんが私と黒崎くんに同じこと2回話さなくていいように気を遣って…!」
けれど、私の言葉は電話の向こうのたつきちゃんの笑い声に遮られる。
『あはは、ないない!アイツにそんな気遣い存在しないって。それより、一護と買い物デートする時には、この間買ったミニワンピを着ていきなさいよ!織姫、モトはいいんだから、一護の前でぐらいもっとお洒落しなさい!わかった?じゃあね!』
「た、たつきちゃん!」
私が「待って」と電話口で叫んだとき、既にたつきちゃんとの通話は切れた後。
ツーツー…という機械音を虚しく奏でる携帯電話を握り締めたまま、私は脱力してぺたりとリビングの床に座り込んだ。
「…どうしよう…。」
一人きりの部屋で、ぽろりと溢れる、言葉。
そして、頬を伝うのは一筋の涙。
…ごめんね、たつきちゃん。
ずっと、内緒にしてて、ごめんね。
でも、ダメなの。
たつきちゃんがこんなに私を応援してくれてるのに、ダメなの。
…だって、もう半年も前に、私は黒崎くんにフラれてるんだよ…。
…半年前の卒業式の日、私は勇気を振り絞って黒崎くんに告白した。
黒崎くんは、一瞬驚いた様に目を見開いて。
その目が次第に困った様な、申し訳ない様な色に変わって。
…そうして、「ごめんな」って、悲しそうに呟いた。
黒崎くんにとって自分が恋愛対象なんかじゃないことは何となく解っていたから、フラれる覚悟はとっくにできていた。
ただ、卒業して別々の道を歩き出すその前に、3年分の気持ちを伝えたかった…ただそれだけ。
だから、黒崎くんにさよならを告げた後、一人で涙が枯れるまで泣いて、それで終わりになる…はず、だった。
確かに泣くだけ泣いたら、私の涙腺は枯渇したみたいで、涙はもう出なくなった。
けれど、黒崎くんへの気持ちは、涙と一緒に流れて消えてはくれなくて。
…本当は、いつか黒崎くんへの気持ちの整理がついたら、たつきちゃんにもちゃんと報告するつもりだった。
「黒崎くんにフラれちゃったんだ、でももう何とも思ってないから大丈夫だよ」…って。
けれど。
黒崎くんへの想いはいつまで経っても私の心の大部分を占めていて、離れなくて。
忘れなくちゃ…って頭では解っているのに、忘れられなくて、忘れたくなくて。
黒崎くんのことを「諦めちゃ駄目だよ」って笑顔で励ましてくれるたつきちゃんに本当のことが言えないまま、時間だけが流れていった。
…もし、私が黒崎くんにフラれたって知ったら、たつきちゃんと黒崎くんは、今まで通りでいられなくなるかもしれない、それが怖くて。
たつきちゃんと黒崎くんの関係が、私のせいでこじれるのを見たくなくて。
結局私は、世界中でいちばん大切な親友に秘密を作ってしまっていた…。
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