Is this love?〜エピローグ〜
「わあ…!本格的に降りだしてきたよ、黒崎くん!」
カーテンを開けて外を見る井上のその声に俺もつられて窓を見れば、白い雪が静かに空座の街に降り注ぐ様が見える。
「寒いわけだ。こりゃ、積もるな。」
「うん。でも、私雪って好きだなぁ…。何だか嬉しくなるの。」
井上はうっとりとして窓ガラス越しに雪を眺めていたが、やがてカーテンを閉めると俺の隣へと戻ってきた。
「…ねぇ、黒崎くん。」「何だ?」
俺の服の裾をちょんと摘まみながら、井上がぽつりと呟く。
「あの…今日は、大学の方に帰っちゃう?それとも、ご実家に帰る?」
上目遣いで俺の顔色を伺う様にそう言う井上。
「や、えっと、あのっ…ゆ、雪が降りだして来たから、もし帰るなら酷くならないうちにと思って…その…。」
そう言いながらも、井上が服の裾を掴む細い指には、きゅっと力がこもっていて。
俺は盛大に溜め息をついた。
「…オマエは、俺が今からアパートや実家に帰っていいのか?」
「…やだ…です…。」
小さな、小さな返事。
俯いていても、解る。
多分、今井上の顔は真っ赤だ。
「ヨロシイ。」
俺は照れ隠しの様にカフェオレを飲もうとする井上のマグカップを奪ってテーブルに置くと、そのまま彼女の細い身体を抱き寄せた。
「きゃっ…。」
「…何だよ、イヤか?」
小さく声を上げる井上に、思わず不服そうに言葉を返してしまう俺。
だって、俺は正直我慢の限界だったんだ。
下宿先から空座に戻ってきてすぐ同窓会の準備に追われ、同窓会の間はずっと回りの目を気にして。
店先から逃げ出す様に取った井上の手には、手袋がはめられていたから。
今日はまだ井上の肌に指1本触れていなかった。
「…やだじゃない…です…。」
「ヨロシイ。」
真っ赤な顔で、俺に身体を預ける井上。
その髪に、頬に、身体に俺が触れる度に、井上がくすぐったそうに吐息を漏らした。
俺の下宿先と空座の距離は、特急電車で1時間半。
遠距離恋愛と呼ぶほどではないにしろ、平日に会うことはほぼ不可能で。
だからせめて、こうして土日に会えている時に、一週間分の井上を補給するんだ。
井上の身体はどこに触れても柔らかくて、気持ち良くて。
自分でも呆れる程に、貪欲に求めてしまう。
「く、黒崎くんっ…。」
俺の腕の中で小さく身動ぎながら、井上が戸惑いがちに俺の名前を呼ぶのが、嬉しくて。
恥ずかしそうに身体を固くする井上の唇を、俺のそれで塞いだ。
「…んっ…。」
ぴくんっと小さく跳ねる井上の身体は、まだ俺に求められることに慣れていない。
それでも精一杯俺を受け入れようとする井上が可愛くて、角度を変えては幾度も口づける。
真面目で奥手な井上の性格を考慮して、二人の関係は少しずつ縮めていこう…なんて思っていた癖に、いざ井上を前にするとそんな理性は俺の中からあっさり消え去り。
結局俺を突き動かすのは、井上を欲しがる本能の方。
まだまだこういったことに慣れない井上は、いつもいっぱいいっぱいなんだろうけれど、多分本当に余裕がないのは俺の方なんだ。
俺の欲情に散々付き合わされた井上をやっと解放してやれば、その瞳は既に潤んでいて、再び俺を煽る。
「く、黒崎くん…。」
「…何だ?」
平静を装う俺の肩に井上が顔を埋めるのは、多分真っ赤に染まった顔を見られたくないから。
「その…こういうとき、どんな顔をしたらいいのか、わからないの…。」
「別にいいんじゃねぇの?普通で。」「む、無理だよぅ…。」
井上の肩を掴んで顔が見える様に細い身体を起こせば、耳まで赤く染めた井上が上目遣いで困った様に俺を見つめる。
「…じゃ、ちょっとずつ慣れてくしかないな。何なら一晩中、付き合ってやるぜ?雪も本降りになったことだし、もう帰れないからな。」
にっ…と意地悪く笑って見せれば、既に十分赤いと思われていた井上の顔が更に爆発したかの様に真っ赤になった。
…本当ははじめから、帰るつもりなんてなかったけど、今夜は雪のせいにして。
「…井上、寒いから離れるな。」
「…はい…。」
指を絡める様に手を握れば、左手に感じる井上の薬指の指輪の感触。
井上の部屋だけじゃなく彼女そのものに、もっと俺が馴染む様に、願いをかける。
なぁ、井上。
こんな祈る様な気持ちも、ただただ井上に触れていたいと願う心も全部ひっくるめて、名前を付けるなら、多分『恋心』なんだろう…?
そしてこれからもきっと、いろんな感情を知っていくんだ。
井上と一緒に…。
(2013.03.16)