Is this love?



こんな感情を、多分『恋』っていうんだろうな。

…ただ、気付いたのがあまりに遅すぎて、それはもう痛みでしかなかったけれど。



《Is this LOVE?》



「…越智さんが、結婚?」

久しぶりに入った、啓吾からの連絡。

それは大学に進学し、高校時代の仲間達が皆、それぞれ違う道を歩み始めて半年がたっていた頃だった。

時折、話の本筋からそれながらも啓吾が伝えたかったことを要約すれば、越智さんの結婚を祝いがてら、同窓会をやろうということだった。

発起人として幹事は啓吾と水色が引き受けるが、やはり人手がほしいこともあり、頼みやすい俺にも連絡が来たらしい。

「…まあ、越智さんには世話になったしな。あんまり暇って訳でもないから、やれることは限られるかもしれねぇけど…。」

ちょうど前期と後期の切れ目、秋休みに突入するところだった俺は、啓吾からの誘いに出来る限りは協力すると答え、通話を終えた。



「…同窓会、か。」

通話の切れたケータイを眺めながら、無意識の内に脳内を流れる高校時代の懐かしい風景。
騒がしい教室とか、よく授業中に窓から見下ろしていた運動場とか、青い空が眩しい屋上とか。

…その記憶の中で、胡桃色の長い髪が、やけに鮮やかにふわりとなびく。

「…井上…。」

彼女の名を声にならない声で呼び、俺はベッドに身体を沈めた。



高校生活最後の日、卒業式。
俺は、井上に告白された。
「三年間、ずっと好きだった」と、真っ赤な顔で言う井上。

…けれど、俺はそういった色恋沙汰にはまるで縁のない人生を18年間送っていて。
確かに井上は大切だし、その他の友人とは違う存在ではあったけれど、恋愛感情なんて考えたこともなくて。

…正直に、そう告げた。

井上は、しばらく俯いていたけれど、顔を上げたときにはいつもの笑顔に戻っていて。

「多分そうだと思っていた」とか、「想いを告げられただけでよかった」とか、そんなことを笑いながら言って。

「今までありがとう」と最後に綺麗な笑顔を俺に見せて、くるりと踵を返し走っていった。



…それきり、井上には会っていない。連絡も取り合っていない。
俺は井上をフッたんだから、当たり前と言えばその通りなのだが、その空白の時間が、俺の中の何かを変えていった。

…初めは、何気ない瞬間に、ふと井上の顔が浮かんだりした。
けれど、それがそのうち頻繁に起こる様になってきて。

今、井上は何をしてるんだろうとか、元気でいるのだろうかとか、考える様になった。

そして、大学生になり一人暮らしを始めた俺が、自分のアパートの部屋でふと孤独を感じるとき。

…井上に会いたい、と思う様になった。

会って、どうしたいとか具体的なことは何も浮かばないくせに、ただ会いたくて、あの笑顔が見たくて。
…俺の隣に、いてほしくて。

感情にまかせて、何度もケータイを開き、井上に連絡を取ろうとしたけれど、そのたびに井上に告白されたあの日の光景が思い出されて。
最後に井上が見せた綺麗な笑顔が、俺の胸をぎゅうっと締め付けて。

…どうしても、ケータイの通話ボタンを押すことが出来なかった。

あの日、井上は俺の前では笑っていたけれど、きっと一人になってから泣いたに違いない。

そう思ったら、今更どんな言葉をかければいいのか見当もつかなかったし。
…何より俺自身が、今自分の中にある井上に対するこの気持ちが何なのか、上手く説明できなかった。



…そこに、俺の思考を遮るかの様に響く、メールの着信音。
それは啓吾から送られてきた、とあるイタ飯屋の詳細案内だった。

啓吾は、同窓会の企画を引き受けてくれそうな親しい仲間に何人か声をかけているらしく。
次の土曜日にとりあえずそのメンバーで最初の打ち合わせをするから…とこのイタ飯屋を打ち合わせ場所にしたのだった。

親しい仲間…と聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、やっぱり井上の顔で。

啓吾は、井上にも声をかけたんだろうか?
もし、かかっていたとしたら、井上の性格上断ることはなさそうだから…。

来週の土曜日、俺は井上に会えるのか?
だとしたら、俺はどんな顔をして、何を話せばいいんだ?

…俺の中にあるこの感情は、一体なんて言ったらいいんだ?

「…井上…。」

俺はもう一度彼女の名を呟くと、ぐちゃぐちゃの思考から逃げる様に眠りにつくしかなかった…。



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