世界一バカな男のW・D







今年のホワイトデーがそれまでと少し違うのは。

…本気で『お返し』しなくちゃいけない相手がいるってこと。


《世界一バカな男のW.D》



「はぁ…。」

少しずつ暖かくなってきた日差し。
毎朝テレビで流れる花粉情報。
厚手のコートを邪魔だと手に持って歩く人々。

それらの全てが、春がいつの間にか近付いて来たことを知らせている。

…そう、今日は3月10日。
あのバレンタインから、あっという間に1ヶ月が経とうとしていて。

そして俺は、滅多に足を運ばない空座町一デカイと思われるデパートの前にいた。

これまで、バレンタインにもらうチョコレートと言えば妹やたつきからの義理チョコばかりで。
当然、お返しなど遊子に頼まれた買い物ついでに近所のスーパーのホワイトデーコーナーで適当に買った物で済ませていた。

…けれど、今年は違う。

今年は、ちゃんと『お返し』をしなければいけない相手がいる…というか、できた。

俺の前髪を揺らしながらふわりと吹く春めいた風は、何となく胡桃色の髪の彼女を思い出させて。

俺は大きく深呼吸をすると、ついにデパートの中へと足を踏み入れた。




…それは数日前。

「一護、ホワイトデーのお返しはもう買った?」
「ぶっ!!」

俺はコーラを思い切り青空に吹き出した。

購買へパンを買いに行ったチャドと啓吾が待ちきれず、一足先に屋上で昼飯を食べていた俺と水色。

「な、なんで…!」

鼻を突き抜ける炭酸のツーンとした痛みを堪えつつそう言う俺に、水色は実にさらりと答えた。

「だって、もらってるんでしょ?本命。」
「だから、なんでそれを知ってるんだよ…!」

涙目の俺に、水色は呆れた様にわざとらしく肩を竦めて見せる。

「『目は口ほどに物を言う』って言葉、知ってる?一護、最近視線がいつも誰かさんに行きっぱなしだよ。僕はバレてないと思ってる一護の方が意外だけど?」

そう、振り返ることなく自分の背中をくいっと親指で差す水色。
その指先が示す先にいるのは、同じく昼食中の女子の一団。
そしてそこにいるのは、胡桃色の長い髪…。

「み、見てねぇよ、井上のことなんか…!」
「…一護、小学生?」

はっとして慌てて口を塞いでも、時すでに遅く。
自ら井上の名前を出してしまったバカな俺に、水色の冷ややかな突っ込みが入る。

「…まぁいいけど。で、ちゃんと付き合ってるわけ?」
「や…それが…その…。」

次から次へと痛いところを突いてくる水色に、俺はしどろもどろになった。

…そう、バレンタインの日から、俺と井上は何となく『付き合い』出した。

何となく、一緒に帰る回数が増えて。
何となく、一緒に勉強したりして。
男女一緒に昼飯を食うときは、何となく隣に井上がいたりして。

…けれど、それが全て『何となく』なのは、多分「好きだ」とか「付き合おう」みたいな、所謂決定打がなかったからで。

井上は俺にたった1つの本命チョコをくれて、俺はそれを受け取った訳だから、付き合っている…と言えなくもないわけだが、何となく「彼氏・彼女」とは言い切れない俺がここにいて…。

言葉に詰まる俺の様子をじっと見ていた水色は、全てを見透かした様ににっこりと笑った。

「じゃあ、お返しはキャンディがいいよ。キャンディには『お付き合いOK』の意味があるからね。」
「は?!渡すモンに意味なんかあるのか?!」
「やっぱり、知らなかった?ちなみに、マシュマロは『お断り』、クッキーは『お友達』だから。」

し、知らなかった…!

ホワイトデーの奥深さに唖然とする俺に、水色が続ける。

「でもまあ…一護が真剣に選んだものなら、井上さんは何でも喜んでくれるよ、きっと。それに、井上さんがイチバン欲しいのは、多分『言葉』じゃないかな。」
「言葉…?」

怪訝な顔をする俺に、水色はちらりと井上の方を見た。
井上はパンにかじりつきながら、たつき達と楽しそうに喋っている。

「あんな風に笑ってるけどさ、内心不安なのは井上さんの方だと思うよ。だからね、一護が男らしく決めてあげるのが何よりの『お返し』なんじゃない?」

水色の台詞を聞きながら無意識の間に井上を見ていた俺は、ふとこちらを見た彼女と目が合った。

一瞬、驚いた様に目をぱちくりとさせて、そのあとはにかんだ様に小さく笑って。

その笑顔と仕草に、俺の胸が否応なしにきゅうっ…と反応した。

井上は回りに気付かれない様に、またすぐ仲間の方を見てしまって。
しかも啓吾とチャドが戻って来ちまったもんだから、水色との話はそこで終わりになってしまったけれど。

…今年のホワイトデーには、井上を喜ばせたい。
そして、できることなら「俺と井上は付き合ってるんだ」と胸を張って言える関係になりたい…。

そう、思ったんだ。



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