世界一バカな男のV・D







《~織姫の奮闘記~》


2月13日、夜9時過ぎ。

織姫のアパートの部屋は、甘い香りに包まれていた。

「えへへ…できた!」

テーブルの上に並ぶ、チョコトリュフとチョコクッキーを眺め、織姫は思わず会心の笑顔を浮かべる。

そしてまず、出来上がったトリュフの中から特に形の整ったものを、クッキーはハート型のものを選び、大切に大切に箱に詰めた。

「…受け取ってくれるかな、黒崎くん…。」

クッキーが焼けるのを待つ間に書き上げたメッセージカードを添え、丁寧にラッピングする。

…何となくだけれど、一護は『本命チョコ』は本当に好きな娘からしか受け取らないような気がして。

織姫は今年も、たつきや石田などの友達にあげる『友チョコ』と一緒に、一護にチョコを渡す計画を立てていた。

しかし「それじゃあ織姫の気持ちが伝わらないでしょ!」というたつきの助言のもと、今年はメッセージカードを添えることにしたのだ。
…それでも、『好き』の二文字はどうしても書けなくて。
一護にとって重いチョコになってほしくはないし、かといって気持ちが伝わらなくては意味がない。
悩みながら何度も書き直し、漸くメッセージカードを完成させたのだ。

「喜んでくれるかな、黒崎くん…。」

味付けは、一護の好みを考え甘さ控え目にした。
たつきや千鶴には、「甘くない」と不評を買うかもしれないが、織姫の中ではやはり一護が優先されてしまう。

好きな人のことを想いながらチョコを作る幸せと、少しの不安を詰め込んだチョコレートの包み。

織姫は真っ先に完成させた一護へのバレンタインチョコをそっとテーブルの角にに置くと、残りのトリュフとクッキーを眺めた。

「…あとは、たつきちゃんと、千鶴ちゃんと、鈴ちゃんと、みちるちゃんと…。」

指折り数えながら、織姫が友チョコをいくつ作るのか確認していると。

「…はあーい、織姫!」
「遊びに来たぞ、井上!」

突然、アパートの窓が豪快に開け放たれた。

「あ、乱菊さん、朽木さん!」
「よう、邪魔するぞ。」
「恋次くんに冬獅郎くんも!」

次々に窓から入ってくる死神達を、織姫は快く迎える。

「今日はどうしたの?」「うむ、現世に少し用事があってな。その帰りだ。」
「一護のところへはさっき寄ってきてな、おちょくってきてやったぞ。」そう言うルキアと恋次の横で、乱菊達は入ってくるなり、テーブルに並べられたチョコトリュフとクッキーを物欲しげに見つめた。

「すごいわね、全部織姫が作ったの?」
「うん。…あ、もしよかったら、ちょっと味見してくれると嬉しいな。自分では美味しくできてるつもりなんだけど…。」

一護に渡すチョコトリュフとクッキー。出来れば誰かに味を見て欲しいと思っていた織姫は、何気なくそう言うと4人のためにコーヒーを淹れようとキッチンへ向かった。

「じゃあ、遠慮なくいただきましょう、隊長!」
「…確かに、任務の後で腹は減ってるな。」

そんな会話をキッチンで聞きながら、コーヒーを淹れる織姫。

「うむ、甘さは控え目だが、美味いな。」
「あまり甘くないから、沢山食べられるしな。」

4杯のコーヒーを淹れ、良い香りを漂わせながら、キッチンから戻ってくる織姫。

「…どうかな、美味しく出来てるかな…あああっ!」

織姫は、コーヒーの乗ったトレイを危うく落としそうになるほど仰天した。
テーブルの上にあったお菓子が、きれいになくなっていたからだ。「ぜ、全部食べちゃったの?!」

織姫は確かに『味見』と頼んだ筈なのに…。
しかし、時既に遅く、たつき達に渡す予定だったチョコは、最早4人の胃の中。

それどころか、恋次の視線は一護用にラッピングされている箱にまで向かっている。

「あれの中身も、さっきのお菓子と一緒か?」

織姫は慌ててその箱を手に取ると、ぎゅっと抱き締めた。

「だめ、これだけは絶対に食べちゃだめ!」
「いいじゃない、織姫。また作れば。」
「だめ!明日じゃなきゃ、意味がないんだもん!」

ジリジリと迫る乱菊に、織姫は必死の形相で首を横に振る。

「あ、明日はバレンタインだから!だから、絶対これはあげられないの!」
「…バレンタイン?何だそれは…。」

首を傾げながらそう言う冬獅郎に、織姫はバレンタインの説明を始めたのだった…。





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