世界一バカな男のV・D
思わず目を見開いて井上を見てしまった俺に1テンポ遅れて、井上の顔が爆発したかと思うほど赤くなった。
「…あ、あ、あの、あのっ…!ち、違うのっ!あ、違わないけど、そのっ…きゃあんっ!」
「井上っ!」
金魚の様に口をぱくぱくさせ、椅子からずりずりと後退りした井上が、危うく転げ落ちそうになって。
俺は咄嗟に井上の両手首を掴んで引き寄せて、井上が後ろに倒れるのを阻止した。
不覚にも急接近する、俺と井上。
心臓がばくりとはねあがる。
…そのまま、数秒、固まって、見つめあって。
呼吸も忘れて、まるで時間が止まったかの様な錯覚。
…けれど、真っ赤な顔で、今にも泣き出しそうな井上の瞳だけがうろうろとさ迷って、伏せられた。
「…ごめん、ね?重いよね、本命なんて…。」
…ああもう、どうしてコイツはこうなのかな…。
井上からの本命チョコを、喜ばない男なんていないのに。
まるで捨てられた仔犬みたいな目をして。
…そういう自分を過小評価するところが、井上らしいって言えばそうなんだが。
「…重いわけねぇだろ。」
俺のその一言に、井上の大きな目が更に見開かれた。
「…え?」
「重かったら、全力ダッシュして取り返しになんて行かねぇよ。」
俺は井上の両手首を解放すると、机の上にあった井上からのチョコを手に取る。
そして、箱をゆっくりと開けた。
…中には、井上の手作りであろうトリュフとハート型チョコクッキーが綺麗に並んでいて。
俺はトリュフを1つつまむと、井上の目の前でそれを口に入れた。
甘くて、少しほろ苦いその味は、おそらく井上が俺の好みを解って作ってくれたから。
「…美味いよ、これ。」
「…ほん…と…に…?」
俺のその言葉に、井上が瞳を潤ませながら、未だ信じられない様な顔を見せるから。
俺は今度はチョコクッキーを1枚つまんで、再び口に運んだ。
「うん。美味い。」
「…いいの?」
井上のその言葉に俺はにっと笑って、今にも泣き出しそうな井上の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「わひゃっ!」
「サンキューな、井上。」
…本当なら。
ここで1つ、井上が喜ぶような気障な台詞でも吐ければ格好がつくんだろうが、世界一バカな俺には態度で示すのが精一杯で。
それでも、井上は幸せそうに笑ってくれるから。
「色々あったけど…困らせた分、お返し期待していいからな。…さ、帰るか。」
照れ臭いのもあって、俺は残りのチョコを一見乱暴に、その実大事に鞄にしまうと、井上の表情をちらりと伺って立ち上がった。
一瞬盗み見た井上の顔は花が咲いたみたいに綺麗な笑顔だった…と思う。
「…えへへ、私も来年は間違えられない様に、箱の外にもちゃんと『黒崎くんへ』って書くようにするね?」
俺の今日の不注意を庇うかの様に、照れながらそうさらりと言って笑う井上。
けれど俺の耳は敏感に、再びぴくりと反応する。
…来年?
…それはつまり、来年も期待していいってことですか?井上サン…。
ああ、これはもう、1ヶ月後のお返しとやらを、真剣に考えないといけないな…なんて、幸せな悩みを抱える俺は、きっと世界一バカで幸せな男なんだろう…。
《あとがき》
バレンタインネタはあちこちのサイト様で書かれているので、SSは諦めて一応お話らしく書いてみよう…と書き始めた訳ですが、なんだか無駄に長くなってしまった気がします。すみません…。
このお話では石田くんがモテモテの設定なのですが、なんだかあんまり幸せそうじゃないですね(笑)。ごめんね石田くん…。
そして、この続きのホワイトデーVer.は、また3月が近づいたら書きたいと思います。
この後、「プロローグ~織姫の奮闘記~」を気が向いたら付け足しますので、よろしければまた見てやってくださいませ。
それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!
(2013.01.25)