世界一バカな男のV・D





「い、井上?!」
「ご、ごめんなさい、そんなに迷惑だったなんて思わなくて…!」

井上は急に立ち上がると俺から逃げる様に教室を飛び出した。

「おいっ!待てよ、井上っ…!」

俺も急いで教室を飛び出し、井上の後を追う。

初めは開いていた井上との距離が次第に縮み、階段の一歩手前で何とか俺の手は井上の腕を掴むことに成功した。

「…っは、はあ、はあ、待てよ、井上…。」

細い両肩を掴んで無理矢理井上をこちらに向かせれば、やっぱり井上の目からは大粒の滴が溢れていて。

「やだ、見ちゃいや、黒崎くん…!」
「待てよ、井上。何で泣くんだよ。ちゃんと分かる様に説明してくれよ…。」
「…わ、わからないのは黒崎くんの方だもんっ…。」

お互い肩で息をしながら、階段に座り込む。
井上は溢れる涙を制服の袖口で拭いながら、やっと聞き取れるかどうかぐらいの声で呟いた。

「…チョコ、いらないなら、せめて私に返してくれればよかったのにっ…。どうして、わざわざ石田くんにあげるの…?」
「いや、だってあれは石田への…。」

そう返しながら、戸惑いから尻窄みになる俺の声。
「…石田くんへのチョコを、黒崎くんの机に入れたりしないよ…。あれは、黒崎くんへの…。」

涙を何度も拭いながらそう言う井上を前に、俺は自分の今朝の行動を思い返してはっとした。

俺が「石田宛」と目で確かめたのは、机の手前に入っていた2つだけ。
奥に入っていた残りの3つは、石田宛だと勝手に俺が思い込んだだけ…!

「…ま…さか…。」

頭を後ろからガツンとぶん殴られたような衝撃。

あの中に、あったのか…?

井上から、俺宛のチョコが…!

「…黒崎くん?」

俺の愕然とした表情に気が付いたのか、井上が怪訝そうな顔で俺の名前を呼ぶ。

「…井上。」
「は、はいっ?!」

がしっと俺に両肩を掴まれて、井上の身体がびくっと跳ねた。

「…井上の教室で、ちょっとだけ待っててくれねぇか?」
「…え?待つって、何を…?」

訳が解らないといった様子できょとんとしている井上。
けれど、詳しく説明している猶予は、今の俺にはない。

「ぜっったい、取り返してくる…!」

俺は井上をその場に残し、廊下を走り出した。

俺は階段を二段飛ばしでかけ降りると、まず石田の下駄箱をすがる思いで覗いた。

よし、まだ靴が残ってる…!

俺は再び全速力で走りながら、石田のいそうな場所を片っ端から探した。

あれほど待ち望んでいた井上からのチョコレートは、本当は朝から俺の机の中にあったんだ。

それなのに、空座一大バカな俺はそれをわざわざ石田にやっちまった…!

「くそ…!」

生徒会室や手芸部の部室、屋上など、膝ががくがくと笑い出すのを必死に堪え走り回る。


…そうして、膝にすらバカにされたように笑われた俺が、やっとの思いで石田を見つけたのは…。

「…何だ?黒崎…。」
「…ここに、いたのかよ…。」

まさしく、灯台もと暗し。

…俺の教室だった。





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