世界一バカな男のV・D





去年の井上は、「いつも仲良くしてくれてありがとう!感謝の友チョコだよ!」…などと、彼女らしく仲の良いメンバー全員にチョコレートをあげていた。
当然、去年は俺もその中の一人だった訳だが…。

それでも、通常の高校生には有り得ないような非常識な出来事を幾つも乗り越えた俺と井上の間には、他のヤツにはない特別な絆みたいなモンがあると思っているし…。

ぶっちゃけ本命とやらは無理でも、義理ぐらいなら今年もくれるんじゃないか…なんて、勝手に思ったりしていて。

…しかし、そんなことをぐるぐると考えている俺の淡い期待を無視し、時間は刻々と過ぎていく。

その間、たつきが例年通りのチロルチョコ詰め合わせをくれたぐらいで、井上とは顔を会わせることすらないまま、俺は放課後を迎えていた。

夕日の差し込む図書室。特に見たい本があるわけでもなく、ただ時間潰しのためだけにここにいる俺。
ここなら井上が来るんじゃないか…なんて、自惚れる俺を嘲笑うかの様に、この部屋からはいつの間にか誰もいなくなった。
…そして、人の来る気配も感じない。

「…帰るか。」

そう自分に言い聞かせる様に呟く自分が既に恥ずかしく、恥ずかしく思う自分に今度は苛立ちを感じたりする。

「ああ、くそっ…。」

俺はがたりと派手に音を立てて椅子から立ち上がると、意を決したように鞄を手にした。


それでも、教室を出て真っ直ぐに下駄箱へ向かわず、井上の教室の前を経由してしまう道を選ぶあたり…男ってのは本当にバカな生き物だと思うわけで…。

当たり前だが、井上の教室はしんとしていて、廊下からでも無人だって分かった。

ほらな、だから男はバカなんだって…そう思いながら教室の中を覗く、大バカな俺の目に映ったのは。

「い、井上?!」
「く、黒崎くん?!」

何をしている訳でもなく、ただ自分の席に座っている井上を発見した。


井上は俺の声に弾かれた様に椅子から立ち上がり、そして。
…勢い余って、派手に転倒した。

「きゃあんっ!」
「お、おいっ!」

しりもちをついた井上の側に慌てて駆け寄る。

「悪い、驚かせるつもりはなかったんだけど…!」
「いたた…だ、大丈夫だよ。」
俺は井上の横にしゃがんで、打ったあたりを擦る彼女の顔を覗き込んだ。
眉を僅かに歪めながら、それでも俺に心配をかけまいと笑って井上がふっと顔を上げる。

そして、お互いの視線が絡み合った瞬間。

ぼんっと音がしそうな勢いで、井上の顔が一気に赤くなった。

「…ど、どうした?井上…。」
「あわわ、あの、あの、あのっ…!」

両手をわたわたとちぎれんばかりに振って、口をぱくぱくとさせていた井上が、突然ぴたりと動きを止める。
そして、上目遣いで俺をちらりと見上げると、小さな声でぽつりと呟いた。

「…つ、机の中…見て、くれたの?」
「は?机…?」

予想外の井上の言葉に、俺は今朝の不愉快な出来事を思い出し、思わず眉間に皺を寄せる。
井上がなぜ俺の机の中に石田へのチョコが入っていたことを知っているのかは解らなかったが、若干の不機嫌さから俺は井上から顔を背けると深く考えずに答えた。

「ああ、あのチョコなら石田にちゃんと渡したから、心配いらねぇよ。」
「…え…?石田…くん…?」

井上の表情が一瞬にして凍りついたことにも気付かず、俺は言葉を続ける。

「石田宛てのチョコを横取りしたり、渡さず捨てたりするほど、俺はちっさい男じゃねぇからな。」

そこまで言って、井上に視線を落とした俺は、目を見開いて思わず息を飲んだ。

…井上が、今にも泣き出しそうな顔をしていたからだ。




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