世界一バカな男のW・D






…そうして、どちらも言葉を失ったまま、しばらく無言の時が続いて。

俯いていた井上がショックで呆然としている俺の顔を伺う様に、潤んだ目でそっと俺を見上げた。

…そして、ぽそりと。

「…ね。あの、えと…ちゃんと、使ってる…でしょ?」

…そう、呟いた。

今思い返せば、ハンカチだと思い込んでいたとはいえ、「せっかくだから使え」とか、「使ってるところを見せろ」とか…。

俺、がっつり変態じゃねぇか!!

「…あ~ん!やっぱり恥ずかしいよぅっ!穴があったら入りたいよぅっ!」

両手で顔を覆ってイヤイヤをする様に取り乱す井上。
そりゃ、井上にしてみれば「下着見せろ」って俺に言われていたわけだから、取り乱すのも無理はないわけだけど…俺がただのスケベだと誤解されたままなのはめちゃくちゃ困る!

「いや、違うんだ、井上!恥ずかしいのは俺の方だから!」
「じゃあ、黒崎くんと一緒に入れる穴を探す~!」
「いや、意味わかんねぇから、とにかく落ち着いて話を聞いてくれ!」

慌てて井上の向かいにしゃがみこみ、井上の顔を覆っている手を引き剥がす。
井上は今にも泣き出しそうな顔で俺を恐る恐る見た。

「…穴の中で?」「いや、ここでいいから。とりあえず穴のことは忘れろ。」

俺の説得が一応効いたのか、涙をいっぱいに溜めた瞳で俺を見る井上が、漸く落ち着きを取り戻す。

「あのな、実は…。」

俺はバレンタインのときと同じように、ホワイトデーでも井上に言い訳をする羽目になったのだった…。







井上と二人、川沿いの土手に腰を下ろして、夕日がきらきらと反射する川面を見ながら、俺は格好悪い事情説明を始めた。

初めは戸惑っていた井上の表情も、次第に柔らかいものに変わっていって。

「なんだ、そっか…。よかったぁ…。」

事の顛末を全て俺が話した後、井上は安堵した様にそう呟いた。
いや、誤解が解けて安心したのはむしろ俺なんだけど。

「そんな訳で…色々困らせてごめんな。」
「ううん。確かに、黒崎くんらしくないセレクトだな~とは思ってたの。やっぱり、間違いだったんだね。」

くすくすとイタズラっぽく笑う井上に、俺も思わず安堵の溜め息をもらす。
…けれど、次の瞬間井上はふと不安気な表情で視線を落とした。

「じゃあ、あのキャンディは…?」
「え?」

その言葉の意図が読み取れず思わず聞き返す俺に、井上はぱっと顔を上げると慌てた様に手をパタパタと振った。

「う、ううん!何でもないの!さ、帰ろう!」

そう言って井上は勢いよく立ち上がると、一度だけ俺を振り返った後、くるりと前を向いて歩き始めた。

「お、おい、井上!」

遅れて立ち上がった俺は一瞬気後れして立ち尽くしたが、井上の言葉をもう一度頭の中で繰り返し、はっとした。

そうだ、誤解されちゃ困るのは、下着だけじゃない…!

「ま、待てよ、井上!」

俺の呼び掛けに、歩みを止めて振り返る井上。
その表情は、夕日が作る影のせいか、どこか儚げで。

俺は井上の元に駆け寄ると、今朝からずっと抱えていた決心を、精一杯の勇気で引っ張り出した。

「あれは…キャンディの方は、勘違いじゃないんだ。ちゃんと、解ってて…それで、井上に贈ったんだ。」

俺のその言葉に、次第に見開いていく井上の瞳。そのまま、じわりと溢れ出した涙が、夕日を受けてきらきらと輝いた。

「…本当…に?」
「…ああ。だから…その…俺でよかったら、さ…。」

それは、下着をハンカチと間違えて贈った大バカな俺の、あまりに格好つかない告白だったけれど。…それでも井上は、本当に綺麗な笑顔で受け入れてくれたから。

「えへへ、幸せだよ、黒崎くん…。」

俺の肩にこつんと頭を乗せてそう言う井上の細い肩を、俺はそっと抱き寄せた。

「…ホワイトデーのお返し、ちゃんと買い直すからな。」
「ううん、大丈夫だよ。下着だって、ちゃんと使えるし…紐のやつなんて自分じゃ買わないから、ちょっと変わってていいかも…なんて…。」

…多分、井上としては俺をフォローするつもりで言ってくれたんだろうけど。

「ひ、紐?!」

俺が贈った下着って、紐パンだったのか…?!

思わず妄想してしまう俺と、自分の発言の大胆さに今頃気が付いた井上が、夕日と競うかの様に真っ赤になった。

「え?…あ!やだ、違うの…ち、違わないけど…!ふ、ふぇ~ん!や、やっぱり穴に入る~!」
「だから、もう穴はいいって!」

そんな会話をしながら歩く俺達は、傍目から見たら本当ただのバカップルなんだろうけど。

今日1日ぐらい、バカップルの汚名も喜んで受けてやろうじゃねぇか…なんて思ってしまう、そんな3月16日の夕暮れは、確かに綺麗だった…。






→あってもなくてもいいオマケの話
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