世界一バカな男のW・D






…ホワイトデー当日。

俺は鞄の奥に白と水色のストライプ柄の包みを入れると、普段通り家を出た。

お返しを買ったときはそれですべてが終わった様な気になっていたが、実はそこから先が重要だってことに後から気がついた。

いつ、渡す?
どうやって、渡す?
何て言って、渡す?

買ってきた小箱を見つめながらどれだけ考えても答えは出ないまま日は流れて。

授業中も、先生の話なんかそっちのけであれこれ思案していたけれど、ただ時間ばかりが過ぎていく。

…結局、放課後になっても名案は何一つ浮かばず、俺は出たとこ勝負に賭けるしかなくなった。

「ま、まずは井上を掴まえなくちゃな…。」

帰り支度をしながら、もう一度鞄の中に箱があることをこっそりと確認する俺の肩をぽんと水色が叩き、『頑張れ』と口の動きだけで言うと啓吾のいる方へと走って行った。

…ああ、水色ならこんなこと、朝飯前に、しかも格好よく決めて見せるんだろうな。
けど、水色の才能(?)を羨んでたって仕方がない。
俺は深呼吸を一つすると、井上の教室へと向かった。



井上の教室を覗くと、お目当ての胡桃色が直ぐに目に入る。
一瞬で身体中に走る緊張。だけど、教室にいるのは残念ながら井上だけじゃなくて、他にもまだまだ沢山の生徒が残っていた。

…これじゃ、ここで渡すのは無理だな…。

俺がそう結論を出すと同時に井上が振り向き、俺に気付くとぱぁっと花の様な笑顔を咲かせた。

ちくしょう、やっぱり可愛いじゃねぇか…!

ぱたぱたと俺に駆け寄る井上。

「黒崎くん、今から帰るの?」
「ああ、だから一緒に帰らねぇか?」
「…うん!ちょっと待っててね!」

バレンタイン以後、井上が部活のない日はこうして一緒に帰るのが当たり前になっていて。

井上は急いで鞄を取りに行くと、直ぐに俺のところへ戻ってきて、ぴっと敬礼して見せた。

「準備完了です!」
「うし、じゃ行くか。」
そんな俺と井上のやり取りを見る周りの男達の視線は、心なしか羨ましげで。
いいだろ、井上は俺のだざまぁみろ…と俺は心の中で舌を出しながら、教室を後にした。




…しかし。
井上と一緒に歩く帰り道、俺は彼女の話に満足に相槌すら打てないほど、余裕をなくしていた。

鞄の中の小箱をいつ出すか、そのタイミングを図ることに精一杯の俺の脳ミソ。

それでも足を前に出していれば、目的地に着くわけで。気が付けば、俺達は井上のアパートの前に立っていた。

「じゃあね、黒崎くん!送ってくれてありがとうございました!」

ぺこりとお辞儀をしてアパートの階段を上ろうとする井上。

「あ…ま、待てよ、井上!」

焦りから思わず大きな声を上げてしまった俺の方を、井上が驚いた様に振り返った。

「あ…えと…。」

きょとんとして俺を見る井上。

俺はガリガリと頭をかいた後、鞄に手を突っ込んで井上へのお返しを取り出した。

「これ…その…やるよ。ホワイトデーの…。」

まるで気の効いていない俺のその台詞に、それでも井上ははっとした様に目を見開き、顔をぽんっと赤くした。

「…いいの?」

俺がぶっきらぼうに差し出す小箱を、井上はまるでガラス細工の様にそっと手に取って。
もう一度確かめる様に俺を見上げる井上に、俺は黙って頷いた。

「…ありがとう…。」

そう言う井上の声は、心なしか震えていて。
はにかんだ様に笑う彼女の瞳は僅かに潤んでいる気がした。

やべぇ、マジで可愛すぎる…!

…もう、言うなら今しかない。
俺と井上の関係をはっきりさせる一言。

「あのな、井上!俺は…!」
…俺が決死の思いで言葉を発した、その時。

「あ、お兄ちゃんだ!」
「織姫ちゃんもいるじゃん。」
「あ、遊子ちゃん、夏梨ちゃん!」

空ぶった勢いでその場に崩れ落ちる俺。
しかし、そんな俺を余所に、駆け寄ってきた妹達は井上と談笑を始めた。

「あれ、それ…。」
「あ、えっと、これは…。」
「あ、ホワイトデーのお返しだ!私達も今朝お兄ちゃんからもらったんだよ!」
「そうなんだ!黒崎くん優しいね!」

…ちょっと待て遊子、今朝おまえ達にやったのは近所のスーパーで買ったヤツで、井上のそれとは訳が違うんだ。一緒にされたら価値が下がるだろうが!

「今から買い物?」
「うん!よかったら織姫ちゃんもどう?今日特売日だし。」
「そうだった!じゃあ、荷物を置いてくるからちょっと待っててね!」
そう言うと階段を急いで上っていく井上。

…あれ、俺と井上のホワイトデー、もう終わり?

カラスが一羽、「あほう」と俺を馬鹿にするように夕焼け空を飛んでいく。

「…ごめんね、一兄。遊子が空気読めなくってさ。」

俺の横でそう言う夏梨に言葉を返す気力もなく。

こうして俺のホワイトデーは呆気なく幕を閉じた…かに見えた…。




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