世界一バカな男のW・D
「げ…。」
ホワイトデー特設コーナーを前に、俺は思わずそう声を漏らした。
白と水色で彩られたバカみたいに広いスペースに、ところ狭しと並ぶ商品達。
「…マジかよ…。」
この中から、井上への『お返し』を探し出すことは、俺にとって途方もない作業の様に思われた。
それこそ、だだっ広い公園の芝生から、四つ葉のクローバーを探す様な。
しかも、俺が今所有している水色からの助言は「交際OKならお返しはキャンディでなくてはならない」ってことだけ。
井上からのチョコは手作りだったから、値段なんてないわけで。所謂『プライスレス』ってやつ。
…そうなると、困ったことに『お返し』の相場の検討がつかない。
ああ、どうせ水色に井上との仲を勘づかれているんなら、いっそもっと色々アドバイスをもらっておくべきだった…なんて、今更ながら後悔する。
それでも、俺の脳裏に浮かぶのは、バレンタインの日、チョコを食べる俺を潤んだ目で不安気に見ていた井上。
…そして、「お返し、期待していいから」と言った俺に、綺麗な笑顔を見せた井上を思い出した。
「…約束、しちまったもんな…。」
俺は商品の陳列された棚を眺めながら、井上へのお返しを探し始めた。
「ほんっと、いっぱいあるんだな…。」
井上への誠意を表そうにも、キャンディごときじゃ大した金額にならないんじゃないか…なんていう俺の心配は杞憂に終わり。
キャンディやクッキーと一緒にぬいぐるみやら花やら靴下やらがセットになった商品がところ狭しと並んでいる。
「どれがいいんだろうな…。」
いや、井上ならどれを贈っても喜んでくれるんだろうけど。
でも、出来れば花みたいに枯れて消えるモノじゃなくて、ずっと井上の手元に残るモノがいい。
井上と俺との関係も、簡単には消えない様に…。
そう思いながら目が合ったつぶらな瞳の熊のぬいぐるみも、何となくピンとこない。
ああ、ウタマロとかとちょっとタイプが違うしな…と、自分で納得。
結局、あれでもない、これでもないとうろうろするだけで、数十分が過ぎ。
自分の優柔不断さに自分で苛立ち始めた頃、遠くから聞きなれた声が聞こえた気がして、俺は反射的にその方向を見た。
「ああ、あといくつ買えばいいんだろう…。」
そこにいたのは、ブツブツ呟きながら、買い物カートにお返しらしきお菓子を大量に積んだ石田。
「げっ…!」
そう言えば、石田はバレンタインの日に学校中の女子からチョコをもらっていたんだっけか。
あのお返しの量…サイフに大打撃だな、洒落にならねぇ。
モテるってのも大変なんだな…なんて少し石田に同情しつつも、石田と顔を会わせたくない俺は、慌てて手近にある商品を見渡した。
そしてたまたま目に入った、白地に暖色系の小花柄が入ったハンカチとキャンディがセットになっている商品を、俺は咄嗟に手に取る。
白って何となく井上のイメージだし、ハンカチなら多少趣味と違っても使ってもらえそうだし…。
いかにもセオリーな、あまりにもありふれた選択。
でも、何となくだけど、ピンと来たから。
俺は石田が商品棚の向こうに行った隙を見て急いでレジに並び、その商品を買うと逃げる様にホワイトデー特設コーナーを後にした。
エレベーターに乗る前にちらりと確認したけれど、遠くに見える石田がこちらに気付いている様子はなく。
扉が閉まったエレベーターの中、背中を壁に預けて一人胸を撫で下ろす。
宝の山の様な商品達の中からとりあえず井上へのお返しを探しあて、石田に見つからずに無事デパートを脱出した俺は、何となく難解なミッションをクリアしたような気になり、足取りも軽く帰宅した。
…けれど、その時の俺はとんでもない失敗を自分がおかしていることを知らなかった…。
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