世界一バカな男のV・D





2月14日、快晴。

朝、校門をくぐったところで、待ち構えていた見知らぬ女子生徒が俺の方に駆け寄って来た。

「あ、あの、黒崎先輩!」
先輩って呼ばれるってことは年下か、とか考えていた俺の目の前に差し出される、四角い箱。

「あの、これ、これ…。」
顔を真っ赤にしたその女子生徒が、勇気を振り絞った様に発した言葉は。

「石田先輩に、渡してください!」



《世界一バカな男のV.D》



…そもそも、バレンタインなんてイベントには興味はねぇ。
周りのヤツらは朝から浮き足立っているのが手に取る様に分かるが、俺には関係もねぇ。

…それなのに、俺を更に不機嫌にさせる、手の内にある3つのチョコレート。

それと言うのも、宛先が全て「石田」だからだ。

「ふざけんなよ、畜生…。」

思わず舌打ちしながら、教室への階段を上る。

確かに、石田は頭がいいし、生徒会長をやっていることもあって、女子から人気があるらしい。
更に、生徒会業務に加え時折虚退治に出かけることもあり、なかなか会えない存在でもあるらしい。
そして、どういう誤解か石田と仲がいい、などと思い込まれているらしい俺に、石田宛のチョコレートが託される訳だが…。

「俺はあのインテリメガネと仲良くもなんともねぇっつーの。」

教室にぶつぶつと不満を声にしながら入った俺は、自分の席に着き荷物を机にしまおうとして、更に不機嫌になった。

机に上手く教科書が入らない。
おかしいなと思って机の中を覗けば、チョコレートらしきラッピングされた箱が5つ程入っている。

手前の2つを取り出して見れば、予想通り「石田くんに渡してください」の付箋紙付き。

眉間に皺がぎゅっと寄ったのが、自分でも分かった。

「…全く、自分で渡せよ!」

俺は苛々しながら机の中のチョコレートをかき集める。
そして、下駄箱でたまたま紙袋入りのチョコレートを受け取っていたことを思い出し、俺はその紙袋にチョコレートを無理矢理詰め込んだ。

…そこにやって来たのは、本来このチョコを受け取るべき、当事者。
俺は苛立ちを露にしたままそいつの机に近付くと、席に着いたばかりの石田に紙袋をずいっと差し出した。

「…何だ?朝から挨拶もなしに、不愉快なヤツだな、キミは。」
「…こっちの方がよっぽど朝から不愉快だっつーんだよ。」

石田は俺と話しながら荷物を机にしまおうとして、やはり教科書が入らないことに気が付く。
机の中を覗けば、何やらチョコレートらしき箱がぎゅうぎゅう詰めになっていた。

…成る程、俺の机に入ってたのは、ここに入らなかったヤツのか…。

「そういう訳だ。これはオマエ宛てのチョコだからな。確かに渡したぜ。」

大量のチョコレートをもて余している石田に紙袋を無理矢理押し付けると、俺はとっとと席に戻った。

そんな俺に、同情の視線を向けて近付いてくる、啓吾と水色。

「いっちごぉ~!俺達、同士だな!今日は友情を深める日だよな?!あんなの全然羨ましくないよなっ?!」

やたらと嬉しそうにそう言う啓吾に、俺は溜め息を一つついた。

「当たり前だ、好きでもねぇヤツにもらったって面倒くさいだけだ。」
「へぇ…一護らしからぬ発言だね。」

俺の台詞に、水色がわざとらしく感心して見せる。
「それって、裏を返せば、好きな子からのチョコレートは嬉しいってことだよね?一護にしては、大した進歩だよ。」
「…うるせぇな。どうだっていいだろ、別に…。」

水色の指摘に一瞬焦ったが、その時ちょうど担任が教室に入って来たので会話はそれきりになった。


担任から朝の連絡とやらを聞きながら、頭の隅で先程の啓吾や水色とのやり取りを反芻する。

別に強がりでも何でもなく、顔も名前も知らない女子からのチョコレートなんざ、羨ましくもなんともない。
お返しだの返事だのが面倒くさいだけだ。
だから、毎年義理かつ情けでくれるたつきと妹達のチョコレートぐらいで俺には十分だった。

…けれど。
水色が言う様に、今年の俺が去年と違うのは。

今年は一つだけ、欲しいチョコレートがあるということ。

俺は無意識に今年はクラスが離れてしまった胡桃色の髪を思い出してしまい、気恥ずかしさから教室の隅で一人口元を覆っていた…。




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