a piece of Love 後編






初夏の、爽やかな風が二人の間を吹き抜ける。

一護は風にふわりと靡く胡桃色の髪を見ながら、織姫と二人きりになるのがあの夏祭り以来だということに気が付いた。

…それと同時に、どくりと脈打つ、一護の心臓。

あの夏祭り以来、一護の心の片隅を占める、鉛色の感情。

…言うなら今がチャンスだ、と一護は思った。

恋次が好きなのは、ルキアだ…と。

勿論、恋次と正面切ってそんな話をしたことはないが、それでも彼の言動を見ていれば判る。

だから、織姫が本当に恋次を好きになってしまう前に。
どうせ傷つくなら、傷が深くならないうちに。

「…あのな、井上。」
「はい?」

一護の呼び掛けに、無邪気に答える織姫。
一護はどくりどくりと五月蝿い心臓を押さえつける様に、左手でギュッ…と胸の辺りの制服を握り締める。
…そして。

「…やっぱ、何でもねぇ…。」

一護は、織姫から視線を逸らし、俯いた。

…解っているのだ。

「織姫の為に」と綺麗事を言いながら、それが本当は自分の為であることが。

出来れば、自分の思い過ごしであって欲しい。
織姫の口から、はっきりと否定をして欲しい。…けれど、もし織姫の気持ちが本当に恋次に傾いていたとしたなら。

恋次を諦めた織姫の心が、あわよくば自分に向いてはくれないか…そんな醜い期待を、抱えている自分が、ここにいるのだ。

そんな狡い感情で織姫を試し傷付けようとした自分に、一護は嫌気がさした。

たった今、織姫の優しさに触れて心地好かったはずのこの時間。
それを素直に受け取れないばかりか、その優しさすら自分だけに向けて欲しいと願ってしまう独占欲。

一護は自分自身に愛想を尽かした様に、小さく溜め息をついた。

「…?うん、解った…。」

そして織姫もまた、一護にそれ以上の追及はせずに黙って下を向いた。

一護が何を伝えたかったのかは解らないが、彼の表情からは困惑の色が読み取れて。

言い淀んだということは、自分が一護を困らせている原因なのか、それとも自分に話しても何の解決にもならないと判断したか…そのどちらかなのだろう、と織姫は思った。

…結局、どちらにしても、自分は一護の力にはなれないということ。

織姫もまた、一護に見えぬ様に小さく溜め息を漏らした。

せっかく久しぶりに二人きりになれたというのに、二人を包むのは言い様のないもどかしさ。
何かを変えたいのに、その鍵をお互い見つけることが出来ないまま、時間だけが流れる。


キーンコーン…


…そして二人の耳に飛び込んできたのは、授業終了のチャイム。

「あ、授業終わっちゃった…。もうお昼の時間だね、黒崎くん。」

織姫が顔を上げ、空を見る。
それはこの二人だけの時間の終了も知らせていた。

「また、サボっちまったなぁ。越智さんの呼び出しも近いな、多分…。」
「越智先生、黒崎くんが心配なんだよ。」

ばつが悪そうに頭をガリガリとかく一護に、くすりと笑う織姫。

「…行くか。腹減ったしな。」
「うん。私も、たつきちゃんに何にも言わずに授業抜けて来ちゃったから、心配してるかも。」

そう言いながら、立ち上がる一護に続き、織姫もまた立ち上がる。

そして、屋上の扉を開ける一護の背中に、織姫はぽつりと呟いた。

「…ごめんね、黒崎くん…。」

一護の背中は、広くて逞しい。
どれだけ手を伸ばしてもきっと届かない。
自分にはその背中に触れる資格もない。
それでも、憧れてやまない存在…。

「…あ?何か言ったか?」

振り返る一護に、織姫は慌てて首を振り、笑顔を見せた。

「ううん、何でもないよ!」
「…そっか。」

…その笑顔に、一護は「ああ、ほらまた」と思う。

織姫をひどく遠くに感じる、笑顔。

壊れそうで、消えそうで。まるでガラスの向こうにある様な、触れることを禁じられた存在…。

…夏祭りの日。

鯛焼きを「お礼に」と言って恋次に渡す織姫の笑顔は、本当に綺麗で、純粋で、真っ直ぐだった。

織姫を護りたい、その気持ちに変わりはない。
見返りを求めるつもりもない。

それでも、どこか満たされない、ぐずぐずと燻った感情を拭い去ることは難しくて…。


「あーっ、やっぱり屋上だったか、二人とも!」
「たつきちゃん!」
「…あれ、授業サボって逢い引き?」
「な、み、水色!違うっつーの!」
「そ、そうだよ、全然そんなのじゃないよ…!」

二人を探しに来た水色達の冷やかしに、焦って否定の言葉を並べる一護と織姫。

しかし、一護が言い訳の言葉を述べる度に織姫の胸はつきんと痛み、織姫が言い繕えば一護は虚しさを感じる。

「そんな関係ではない」と否定しながら、一護も織姫も心の隅で自問していた。

…じゃあ、今の自分たちの関係に名前を付けるとしたら、何と呼ぶのだろう、と…。





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