a piece of Love 前編






「はい、黒崎くん!こし餡とつぶ餡とカスタードと抹茶餡と…。」
「鯛焼きの種類、そんなにあるのか?!」

ルキアの気遣いで二人きりになった一護と織姫は、結局もう一度鯛焼きを買い直していた。

神社の境内に並んで腰掛け、いそいそと紙袋から鯛焼きを出す織姫。
一護は、とりあえずいちばん甘さが控え目であろう抹茶餡の鯛焼きを半分だけ受け取った。

「いただきまーす!…美味しい~!」

幸せそのものと言った顔で鯛焼きを頬張る織姫の横で、一護も鯛焼きを口にする。

「…ねぇ、黒崎くん。」「あ?何だ?」

…暫くはお互い言葉を発することもなく、祭り囃子や雑踏の声をぼんやりと聞いていたが。
やがて躊躇いがちに自分の名を呼ぶ織姫に、一護は残りの鯛焼きを口に収めながら答えた。

「…今日は、朽木さんといっぱいお喋りできた?」
「は?」
「…あ、えっと、黒崎くんも朽木さんもお互い忙しくて、こんなことでもないとなかなか会えないじゃない?だから…その…。」

黒崎くんが、喜んでくれたならいいな…と心の中で呟きながら、織姫はチクリと胸を刺す痛みに俯く。
一護とルキアの仲を心から祝福できる様になるには、もう少し時間が必要で。それでも、二人に幸せであってほしいと思う気持ちも嘘ではなく。

恋次は「自分らしくいればいい」と言ってくれたが、やっぱりそれは少し難しい…と織姫は一人自嘲気味に笑った。

「…井上は?」
「え?」

しかし、今の一護には、なぜ織姫がそんなにルキアにこだわるのか、ということよりも、織姫が恋次をどう思っているのかということの方がはるかに気になっていた。

「井上は、恋次と何を話してたんだ?」
「え?えっと…。」

織姫は、嘘がつけない。
何かを隠す様に言い淀む織姫に、一護は眉間に皺を寄せる。

「さっき、お礼がどうとか言ってたけど…。」
「あの、それは…そ、そう!浴衣をね、誉めてくれたの!」

ぱっと顔を上げてそう言う織姫。

「浴衣…?」
「うん!『よく似合ってる』って。それで、嬉しくて…。」
「…そんだけかよ?」
「そ、それだけ…でも、嬉しかったんだもん…。」

そんなこと…と一護は思った。
そんなことなら、自分だってとっくに思っていた。

もっと言えば、浦原商店で浴衣姿の織姫を見たとき。
制服とは違う独特の色香に、どくり…と一護の心臓は跳ねた。

今、この瞬間だって。今日は長い髪が綺麗に結い上げられていて、いつもは隠れて見えない織姫のうなじが一護の視線を捕らえて離さないのだ。

…それなのに。

「れ、恋次くんって、時々女の子がドキッとするようなこと言ったりするんだよね!」

あはは、と笑って次の鯛焼きを頬張り始めた織姫の横で、一護はジリジリと苛立ちを感じていた。

恋次は、自分とは違い良くも悪くも思ったことをストレートに口にする。
だからルキアとも喧嘩が絶えないのだろうが、反面、自分なら照れ臭くて言えない様なことも、恋次ならさらりと言ってのけるのだろう。

思いは、多分同じ。
ただ、口にするかしないか、口に出来るか出来ないか…それだけの違い、なのに。

上手くいかない。

高一の頃から、色んな非常識な出来事を乗り越えて、お互い少しずつわかりあってきた筈だ…と、少なくとも、自分は思っていたのに。

ある日突然、何もかもが解らなくなった。

やはり、力を失った自分に織姫が寄り添い続けてくれたのは、彼女の優しさと同情に過ぎなかったのか。

…今まで考えたこともなかったけれど、もし、織姫が恋次に惹かれ始めているのだとしたら…。

「…どうしたの?黒崎くん。」
名を呼ばれはっとした一護が隣を見れば、織姫が心配そうな顔でこちらを見ている。

「…なんか、辛そうだったよ?…もう帰ろうか?」
「いや、別にどこも悪くはねぇけど。…そうだな、そろそろ帰るか。」

一護は己の胸の内を誤魔化すかの様に笑みを浮かべ、腰を上げた。
織姫もまた立ち上がったが、その瞬間。

「…きゃ!」
「あ、アブねぇ!」

履き慣れない下駄でいきなり立ち上がったため、ぐらりと揺れる織姫の身体。

一護は咄嗟に手を伸ばし、織姫の細い身体を抱き止める。
織姫もまた、反射的に一護のシャツの胸辺りをきゅっと掴んでいた。


どくり…。


2つの心臓が、同時に音を立てた。

「…あ…えっと…。」
「…わ、ワリィ!」

お互いに慌てて手を離す。
今更のように身体中から一気に熱が吹き出したが、幸い辺りは暗く、顔が赤いことにも気付かれずに済んだだろう…とどちらも平静を装う。

「…帰るか…。」
「う、うん…。」

どちらともなく、帰り道を歩き出す。

…闇夜に紛れ、一護は織姫の肩を抱いた手を、織姫は一護の胸に添えた手を、確かめるかの様にそっと一人握っていたことを、お互い知らぬままに…。











《あとがき》

い、いかがだったでしょうか?
私の作品では珍しく、ルキアと恋次ががっつりと絡んでおります。
なので、恋次に「お兄ちゃん株」を奪われてしまった一護はこの作品では全然余裕がないですね(笑)。嫉妬率も一護の方が高いのは、私が織姫を愛しているからです(笑)。

そもそも、なぜこれを書こうと思ったかと言うと、先日すごーく久しぶりに「きれいな感情・前編」を自分で読んだら、恥ずかしさのあまり土星まで逃げたい気分になりまして…。
すごい駄文っぷりに、これはまずい…が今更修正したら別物になっちまう…と思いまして、今回こうして改めて消失篇後の二人を書こうと思った次第です。

しかし…二人のモダモダ感は上手く伝わりましたかね?
毎回思うことですが、自分の脳内イメージを上手くアウトプットできているのか、書く度に悩みます。勿論、自分のイメージと違っても、読み手の皆様にちょっとでも楽しんでいただければそれで十分なのですが。

それでは、ここまで読んで下さってありがとうございました!「後編読みたいなぁ」とちょびっとでも思っていただければ幸いです!



(2013.5.14)
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