a piece of Love 前編






「わーい!鯛焼き全種類ゲットだね、恋次くん!」
「いや、それはいいが、井上。ルキア達とかなり離れちまったぞ。」
「あ、あそこの石段に座って食べようよ!」
「井上!」

立ち並ぶ屋台の陰にある石段に腰掛けて鯛焼きを袋から取り出す織姫。
恋次は渋々その隣に座り、織姫から鯛焼きを一つ受け取った。

「…何でわざとルキア達と離れた?」

鯛焼きにかぶり付きながらそう尋ねる恋次に、織姫もまた小さく鯛焼きをかじりながら答える。

「…せっかくだから、二人きりになりたいだろうなあ…って思って。黒崎くんも朽木さんも。」
「…は?」
「朽木さん、浴衣姿もやっぱり素敵だよね!もう着こなしが違うって言うか!あの大輪の菖蒲の柄も、凛とした朽木さんにぴったりで!」

そう言って見せる織姫の笑顔の裏に、恋次は僅かばかりの陰りを見る。

「いや、まぁ着こなしも何も、俺ら普段から着物だしな…。」
「いえいえ、同性の私でもドキドキしちゃうぐらいですから!きっと黒崎くんも見惚れたに違いないですぞ!」

うんうん、と大袈裟に首を縦に振る織姫。
それが何故だかやけに痛々しく見えて、恋次は眉間に皺を寄せた。
「…井上だって、その浴衣十分似合ってるぞ。って言うか、一護に見てほしくてそれ着たんじゃないのか?」

織姫らしい小花柄の浴衣も、綺麗に結い上げられた髪も、それが誰の為なのかは明らかで。

「…井上は、一護が好きなんだろう?」

恋次のその言葉に、織姫の肩がぴくりと震える。

「…私は、黒崎くんの役に立てないから…。」

そう呟く織姫の声は、消えてしまいそうなほどか細い。
俯いていてその表情は解らないが、彼女の華奢な身体が恋次には一層小さく見えた気がした。

「…黒崎くんね、力を取り戻してからすごく生き生きしてるの。だからね、朽木さんやみんなに本当に感謝してるよ。」

織姫は抱えている紙袋からがさがさと鯛焼きを取り出すと、2つ目を恋次に差し出す。

「私は力を失って苦しんでる黒崎くんの隣に一年以上もいたのに、結局何にも出来なかったんだ。」

そう言って自分を見上げる織姫の瞳は悲しく揺れていて。
恋次は黙って鯛焼きを受け取ると口に運んだ。

「…井上には、六花の力があるじゃねぇか。」
「うん…。でも、黒崎くんすごく強いから、もうほとんど怪我なんてしないみたいなの。」
「怪我しない『みたい』って、何だよ。」「私が戦闘に参加するの、黒崎くんあんまりいい顔しなくて。だから今は虚が出ても、なるべく近づかない様にしてるの。…多分、足手まといだから。」

頭が一口分欠けているだけの鯛焼きを手に、ぽつりぽつりと言葉を発する織姫の横で、恋次は黙って2つ目の鯛焼きを口に突っ込む。

「だからね、私が側にいないのが、黒崎くんにとっていちばんいいのかなって…あ、ご、ごめんね、なんかしんみりしちゃって!」

神妙な顔をしている恋次に気付き、織姫は慌てて「あはは」と笑ってみせた。


…死神の力を失い、ずっとくすんだ瞳のままの一護の横で何も出来ない無力さを痛感しながら、織姫は一年を過ごしてきた。
それでもいつかは彼の力になれれば、と修行して得た力も、結局は何の役にも立たず。
一護が死神の力を取り戻した時も、肝心なことは何も解らないまま。
布団で目を覚ました織姫が、彼の瞳に再び輝きを取り戻させたのは、やはりルキアだった…という現実を知ったとき。

…織姫は静かに、一護への想いに蓋をしてしまっていた。

一護が幸せであってくれれば、それでいい。
例え、彼の隣にいるのが自分でなくても、自分は一護もルキアも本当に大好きで大切だから。

一護への想いや思い出は、全て心のいちばん深い処へ沈めて、そっと鍵をかけてしまっておけばいい…。


「…なあ、井上。」

それまで黙って織姫の話を聞いていた恋次が、ゆっくりと口を開いた。

「はい?あ、鯛焼きおかわりですか?」
「いや、そうじゃなくて…。」

織姫が紙袋を開けるのを恋次はやんわりと制止する。

「…俺やルキアは死神で、井上は人間だ。だから、お互い出来ることと出来ないことがある。」

恋次の言葉に、織姫がその大きな瞳を儚く揺らした。

「…だから、井上は力を失った一護の側にずっと寄り添い続けた…それだけでアイツには十分なんじゃないか?それは多分、井上にしか出来なかったことだろう?」
「恋次…くん…。」
「それに、一護が井上を戦闘に参加させたくないのは、足手まといとかじゃなくて、多分…。」

恋次が言葉の続きを言おうとした、その時。
数キロ先で虚の霊圧を感じ、恋次と織姫は同時にばっと立ち上がった。




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