a piece of Love 後編






織姫には、初め何が何だか解らなかった。

一護の顔が近づいてきた…と思ったら、唇に経験したことのない違和感。
呼吸も忘れ、身体中の全ての機能が時が止まったかの様な感覚を覚えて。
丸い瞳に映るのは、見たこともないほど近い一護の顔。

そこで漸く織姫は、自分が一護にキスされていることを自覚した。

一護がゆっくりと唇を離せば、あまりの衝撃から大きく見開かれた目を閉じることすらできず呆けている織姫がそこにいて。

「…井上…?」

一護が不安になって織姫の名を呼ぶ。
織姫は身体中から力が抜けると同時にふわぁっと後ろへ倒れそうになった。

「あ、アブねぇ!」

一護が慌てて抱き締めていた腕に力を入れ、織姫の身体を支える。
そして自力で立っていることができない織姫を抱え、ゆっくりとその場に座り込んだ。

「…井上、ごめん、その…。」

ショックを受ける織姫を前に、一護は自分のしでかしたことの重大さに今頃気付く。
しかし、今更後には引けないのもまた事実で。
一護は1つ深呼吸をすると、織姫の両頬にそっと手を添え、上を向かせた。
呆然とした彼女の大きな瞳に、しっかりと己の顔が映ったのを確かめる。

…そして。

「…俺…井上が、好きだ…。」

声の震えを精一杯押し隠し、一護は織姫に想いを告げた。

「…え…?」

固まっていた織姫の唇が、漸く小さく動く。

「…朽木さん、は…?」

そして最初に発せられた言葉が告白への返事ではなくルキアの名前であることに、一護は戸惑い、眉間に皺を寄せた。

「…何で、ルキアなんだよ…?」
「…だって、黒崎くんの好きな人って、朽木さんなんでしょ…?」

織姫のその言葉に、今度は一護の目が大きく見開く。

「な、何でそうなるんだよ?!」
「だ、だって、黒崎くんと朽木さん仲がいいもん。それに、黒崎くんに死神の力をくれたのは朽木さんで…私は何も出来なくて…。朽木さん強いし、美人だし、それに…!」

織姫の声が響いていた公園が、次の瞬間ぴたりと静まりかえる。
織姫の言葉の続きは、一護が再び織姫の唇を塞いだことで奪われていた。

「あの…さ…。」

一護はゆっくりと唇を離し、再び呆然として言葉を失った織姫を抱き寄せる。

「好きじゃなきゃ…こんなことしねぇし…。」

織姫もまた、一護にされるがまま彼の腕の中に収まり、耳元で響く一護の低い声に耳を傾けた。

「確かにルキアは、死神の力を俺にくれた。それは俺にとって重要なことだけど、だから恋愛の対象になるかって言われたら、やっぱり違う。そりゃ大事な仲間だとは思うけど…『女』として見てるか…っていうと、そうじゃなくて…。だから、その…。」

そこまで言うと、一護は織姫の肩を掴んで身体を僅かに離し、揺れる薄茶の瞳を覗き込んだ。

「俺は、井上がいい…。」
「…黒崎…くん…。」

織姫の瞳から、今日何度目かの涙が溢れる。
一護の言葉の意味を混乱する思考の中でなんとか理解した織姫の表情が、ふにゃりと崩れた。

「…好き…です…。」

やっと聞き取れるかどうかの織姫の精一杯の告白に、一護が目を見開く。
そして、もう一度はっきり答えを聞こうと一護が言葉を発するより先に、織姫は一護の肩に両腕を伸ばし、彼の腕の中に飛び込んでいた。

「…黒崎くんが…好き…。ずっと、ずっと好きだったの…!」

一護の耳元、織姫の声で確かに紡がれる「好き」の二文字。
甘い香りと共にふわりと飛び込んで来た華奢な身体を、しっかりと受け止めて。

一護は安堵し身体中から力が抜けていくのを感じながら、織姫を優しく抱き締めた。





「…あのさ、井上。」「…はい?」

人気のない公園の茂みの影で言葉もなく抱き合っていた二人だったが、暫くして一護がぽつりと呟いた。

「…これまで、俺と一緒にいるせいでオマエに怖い思いとかいっぱいさせたけど…これからはちゃんと、俺が井上を護るから。俺が、井上を護りたいんだ。」

その一護の言葉に、織姫は顔を上げるとまだ少し潤んだ目を細める。

「…黒崎くんのせいじゃないよ。それにいつも、私のこと助けてくれてたよ。なのに私、黒崎くんに何にもお返しできてなくて、役立たずで申し訳ないなぁって…。」

相変わらず自分を過小評価する織姫に、一護は小さく笑うと彼女の柔らかな髪をくしゃりと撫でた。

「だから、そんな風に思ったことねぇって散々言ったろ。それに…井上も力を失くして役立たずだった俺のこと、見捨てずにいてくれただろ?」
「それは、ただ私が黒崎くんと一緒にいたかっただけで…!」

謙遜しわたわたと振られる織姫の両手を、一護の手がぱしりと掴む。

「じゃあ、もう細かい理屈は抜きにしようぜ。一緒にいたいから、一緒にいる…それでいいだろ?」
「…うん。」

一護は織姫の身体をぐっと引き寄せると、そのまま今日三度目のキスを交わした…。


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