a piece of Love 後編
子供達が去った公園にいつもの静けさが戻る。
いつの間にか月は高く上り、夏の星座が瞬き始めていた。
「よかったね…。」
二人の子供が公園からいなくなるのを確かめると、織姫はほっとしてそう呟いた。
「ああ…あのガキ達を助けたのは井上だからな。ありがとな。」
そう言う一護の穏やかな笑顔に、織姫はぽんっと顔を赤くする。
「あの…私…ちゃんと役に立てたかな…?」
スカートの裾をもじもじと弄りながらそう言う織姫に、一護は大きく頷く。
「井上がいなきゃ、多分ガキ二人は助からなかった。俺には虚を魂葬できても、井上みたいに怪我を治したり盾を張ったりする力はないからさ。…これからも、頼りにしてるよ。」
その言葉に顔を上げた織姫の瞳が大きく見開く。
「…いいの?私なんかが一緒にいても…。私、全然強くないし、いつか黒崎くんの邪魔になるかもしれないのに…。」
「だから、井上をそんな風に思ったことはないって言ったろ?俺は今のままの井上にこれからも助けて欲しいんだ。…だから、これからも一緒にいてくれるか?」
「…黒崎…くん…。」
織姫の大きな瞳からぽろぽろと涙が溢れる。それでも本当に綺麗な笑顔を見せる織姫に、一護はその涙が悲しみから流れたものではないと確信していた。
「…はい!井上織姫、これからも黒崎くんのお役に立てる様に精進致します!」
涙を拭った手で一護にぴっと敬礼して見せる織姫に小さく笑いながら、一護は胸の内で静かに決意を固める。
織姫を戦闘に巻き込むことが本当に正しいのかどうか、まだ解らないけれど。
もし戦いの最中、あるいは自分と一緒にいることで織姫に何か危険が迫ったとしたら。
…今度こそ、必ず護り抜く。この力は、その為にあるのだから…。
「…さ、行くか。すっかり遅くなっちまったな。」
一護は先に立ち上がると織姫に向けて手を差し出す。
織姫ははにかんだ様に笑うと、真っ直ぐに一護の手を取りゆっくりと立ち上がった。
「…ありがとう、黒崎くん。」
夏祭りの日、同じように差し出された一護の手には触れることができなかった。
けれど、今は違う。
一護がたとえルキアを好きだとしても、こうして傍にいることを許してくれるのなら。
…残された時間、自分らしく素直に、精一杯一護を好きでいよう。
ルキアが言った様に、人間の寿命なんてきっとあっという間だから。そして、ほんの少しでも彼の役に立てるなら、それでいい…。
じわり、一護の逞しい手から伝わる体温。
織姫は繋いだ手を視界に納めながら、切なくも甘い幸福を感じた。
けれど、織姫が立ち上がった後も一向にほどかれることのない一護の手に、織姫は内心嬉しく思いながらも戸惑う。
「あの…黒崎くん…?」
織姫が一護の表情を伺おうとおずおずと視線を上げる。
しかし、織姫の視界に一護が映るより先に織姫の身体は強く引かれ、気が付けば一護に抱きしめられていた。
「…っ?!」
「…井上…。」
すぐ耳元で聞こえる、一護の低い声と鼓動。
身体中で感じる一護の体温、匂い。
肩に、腰に回された一護の腕に力がぐっと入ったことで織姫は自分の状況を漸く把握した。
「ーっ?!く、黒崎くんっ…?!」
「ー嫌なら。」
腕の中で身動ぎ戸惑う織姫を制する様に、一護が強く言葉を発した。
「嫌なら…振りほどいて、今すぐ逃げてくれ。追いかけたりしねぇから。けどもし…もし嫌じゃないなら…このままでいてくれ。」
一護はそう言うと僅かに腕の力を緩め、織姫が逃げられるだけの隙を作る。
一護は、自分でも何故こんなことをしたのか解らなかった。ただ、織姫が微笑んで差し出した手を取ってくれたその時…自分の中で何かが弾けた感覚だけは覚えていて。
…後はもう、身体が勝手に動いていた…。
「…井上…?」
腕の中で固くなっていた織姫の身体から、次第に力が抜けていく。
けれど、織姫は一護を付き離そうとはせず、ただ大人しく腕の中に収まっている。
「…逃げねぇの?」
織姫は俯いていて、表情が読み取れない。
肯定の返事も、否定の言葉もない。
受け入れられたのか、それともショックで言葉が出ないだけなのか。
一護が、期待と不安の狭間ですがる様に呟く。
「…井上。このままだと、期待するぞ?俺…。」
再び一護が腕に力をこめると、織姫の身体がぴくりと反応した。
「…じゃあ…私も…期待して、いいの?」
織姫の掠れた声が、一護の鼓膜を震わせる。
一護の腕の中、ゆっくりと顔を上げた織姫の瞳からは、再びぽろぽろと涙が溢れていた。
「…黒崎くん、いいの?私…解らないよ、黒崎くんの気持ちが解らない…。」
「…井上…。」
泣きじゃくる織姫を前に、言い様のない愛しさが再び一護を突き動かす。
一護は言葉の代わりに、織姫の唇と自分のそれを重ねることで答えた…。
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