a piece of Love 後編






「…はぁ…。」

織姫はベッドにどさりと飛び込むと、大きく溜め息をついた。

先程までルキアと恋次がいて賑やかだった空間が嘘の様に静かになり、織姫の心の隙間にするりと寂しさが忍び込んでくる。

それでも、逢いたいと思うのは、漆黒の髪の友人でも燃えるような赤い髪の友人でもなく…。

「…黒崎くん…。」

ぽつり、想い人の名を呼んで、織姫はぐるりと身体を反転させ天井をぼんやりと見上げた。

すっかり夜も更け灯りの灯らないこの部屋に、窓から僅かに差し込む月明かりが、織姫の瞳を儚く揺らす。


『…一緒にいたいと思うなら、その気持ちを大事にしろー』
『…時には、声に出さねばならないこともあるー』


穏やかな微笑と共に告げられたルキアからの言葉が、織姫の心を捉えて離さない。

「ずっと…一緒に、いたい人…。」

そう、自分に問い掛ける様に呟く。

大好きな人は、勿論沢山いる。
親友のたつきを始め、千鶴や鈴達といった友達。
石田や茶渡といった戦友。
ルキアや恋次、乱菊達といった、死神の面々。

それでも、いちばん一緒にいたいのは誰かと尋ねられれば、思い浮かぶのは橙色の髪の青年の後ろ姿…。

「…黒崎くん…。」

一護とずっと一緒にいられたら、いちばん嬉しい。
一護とずっと会えないのが、いちばん苦しい。

…そんなことは、もうずっと前から解っていたこと。
…けれど。

「…やっぱり無理だよ、朽木さん…。」

じわり、浮かんでくる涙が織姫の頬を一筋流れる。

「もっと傍にいたい」と声に出すには、自分ではあまりにも釣り合わない。
ずっと傍にいられるほど、一護は自分を必要としていない。
…それが、織姫自身が解りすぎるほど解っている現実…。

ルキアは織姫の想いを知った上で「応援している」と励ましてくれた。
恋次を誰より信頼している…とも。

だから、ルキアは一護に対して恋愛感情は抱いていないらしい…ということが解り、織姫の心はほんの少しだけ軽くなった。
しかし、だからといって一護の中で自分の価値が上がる訳ではないし、一護がルキアを好きならば、結局何も変わらない。

…それでも。

「もっと自分の思いを言葉にしなさい」とたつきにも言われてばかりの自分。
大切な言葉を、いつも誤魔化して逃げてばかりの自分。
もし、精一杯の勇気を出して思いを少しでも言葉にしたら…何か、変わるのだろうか…。

「…私に、変えられる…?」

織姫は窓越しに見える細い月に、そっと話し掛けた…。




…同じ頃。

一護もまた、ベッドに身体を横たえながら、月を眺めていた。

先程の戦闘で傷付いた腕が、寝返りを打つ度ツキンと痛みを訴える。
しかし、それよりも。
一護の胸をギリッ…と締め付けるのは別の痛み。

「…井上は、『お姫様』や『籠の中の鳥』になりたいなんて、これっぽっちも思ってねぇってことだー。」

先程の恋次の言葉に、一護は言い様のない悔しさを感じていた。

…本当は、もっと織姫と一緒にいたい。

魂葬後には、怪我を負ったことを大義名分に、織姫に会いに行きたいと思うことだってある。

…けれど、自分が近付くということは、彼女を危険に晒すこと。
だから己の想いを押し殺してまで、織姫を戦闘から遠ざけた…それは決して間違っていないはずだ…そう、信じたいのに。

今一護の中で渦巻くのは、恋次に対する嫉妬と敗北感。

あの後、恋次はきっと織姫の処へ行ったのだろう。
そして、ルキアと3人で楽しく過ごしたに違いない。
いや、ルキアが居ればまだいい。もし、何らかの事情でルキアがいなかったとしたら、恋次と織姫は二人きりで…。

「…くそっ…!」
一護はそう漏らし、がばりと起き上がった。

『ルキアを守る』だの『信じている』だの言いながら、織姫とも確実に距離を縮めていく恋次。

織姫を護りたい気持ちも、信じる心も、自分の方が遥かに強いはず…それだけは負けたくない、と一護は拳を握り締める。
…けれど。

ふと一護の胸をよぎる、己への疑念。

「…俺は、井上を信じているか…?」

護りたい。
泣かせたくない。
だから、織姫を襲うであろう危険全てから、彼女を遠ざけようとしたけれど。

…それは、織姫を『信じる』とは真逆の行為の様にも思えて。
例えるなら、いなくならない様にと自由を奪い、鳥籠の中に小鳥を閉じ込めるような…。

織姫は、多分強い。
それは、おそらく彼女の優しさがその根底にあって。
誰かが傷付く姿を見たくない…そう彼女の心が強く願うから。

…だから彼女の本当の望みは、籠の中で庇護されることではなく、多少の危険があっても己の翼で自由に飛び、仲間に寄り添うことなのかも知れない。
ただ護られるだけの存在であることを、心優しい織姫はきっと望みはしない。
だとしたら…。

「…井上…。」

一護はもう一度だけ月をその瞳に映し、そっと目を伏せた…。


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