a piece of Love 後編
「…行くぜ、蛇尾丸!」
恋次の振りかざす刀が、群れて襲いかかる虚達を一層していく。
「…ったく、何だよ!対してデカくもねぇのに、この虚の量は!」
一護もまたそう不満を漏らしながら斬月を振りかざし、八方から飛び掛かってくる虚を手当たり次第に切り払っていく。
「…小せぇのをちまちまってのは性に合わねぇな…うりゃっ!。」
「それは俺も同じだっての…!」
苛立ちを文句に変えながら、それでも二人が刀を降り下ろせば次々と魂葬されていく虚達。
「…これで、終わりだ!」
いちばん動きが速く、最後まで倒しあぐねていた虚を一護と恋次の刃が同時に捕らえる。
虚は空へ還っていった。
星空の元、先程までピリピリと張り詰めていた空気が、何事もなかったかの様に普段の様相を取り戻した。
「…終わったか。」
斬月を納め、辺りを見回す一護。
その横で恋次もまた蛇尾丸を納めながら、ふと一護の左腕に走る赤黒い一筋の線に気が付いた。
「お前、もしかして怪我したか?」
恋次の指摘に、一護は死覇装でその傷口をぐいっと拭う。
「…別に、大した怪我じゃねぇよ。チョロチョロする虚が、ちょっとかすっただけだ。」「井上んとこ行って、治してもらえばいいんじゃねぇの?」
「だから、大したことねぇって言っただろ。」
恋次の言葉を、一護が低く、しかし強い口調で遮る。
「…強がりやがって。」
ぼそり、呟く恋次の一言に、一護の眉間の皺がぴくりと動いた。
「ああ?!ウルセェんだよ!大体、今日は何の用事で来たんだよ!空座には俺がいるからお前は基本的に来る必要ないだろ?!」
噛み付く様にそう言う一護に、恋次は「あ~」と白々しく視線を逸らした。
「ルキアが井上に会いたいっつーから、その付き添い?鯛焼きの礼がしたかったらしいぜ。」
恋次の口から「鯛焼き」という単語が出たことで、一護は夏祭りの一件を思い出し更に不機嫌になる。
「まぁ、俺も鯛焼きを馳走になったし、今から井上んトコに行ってくるかな。…お前は、行かねぇの?」
「…行かねぇったら、行かねぇんだよ!」
ちらり、試す様な視線を向ける恋次に、一護は苛立ちをぶつける様に吐き捨てた。
そんな一護に、恋次はわざとらしく「はぁ~っ」 と大きな溜め息をついて見せる。
「…お前のそういう態度が、事態をややこしくしてるんだっつーの。」
「…何がだよ。」
恋次の思わせ振りな言動に、一護が言葉を返した。
「…お前は、怪我を井上に見せると心配するからとか、あの程度の虚相手に怪我したなんて格好悪いとか考えてんだろうけど…。ひたすら待つだけの井上の身にもなれって言ってんだ、俺は。」
まるで『自分の方が織姫のことを理解している』と言わんばかりの恋次の台詞に、一護の苛立ちがピークに達する。
「…何、言って…。」
「あの夏祭りの後、ルキアと鯛焼き食いながら色々話してよ…。まぁ、俺らの口から全部言っちまえば事は簡単なんだが、それじゃお前と井上の為にならねぇなって事で。ただ…。」
そこまで言うと、恋次は真剣な眼差しで一護を見た。
「…ただ、俺が言えるのは、井上は『お姫様』や『籠の中の鳥』になりたいなんて、これっぽっちも思ってねぇってことだ。」
「…っ!」
一護は、その恋次の言葉にぎくりとして目を見開いた。
「…図星だろ?」
真っ直ぐな恋次の視線から逃げる様に、一護はゆるゆると視線を落とす。
「…俺は、もう井上を危険な目に合わせたくない。…井上は俺が護る。それだけだ。」
一護は、ぎゅっ…と右拳を握り締めた。
性格も能力も、そもそも織姫は戦闘に向いていない。勿論、虚との戦闘で織姫が怪我をするのも心配だったが、何より一護が不安としていたのは。
…藍染や月城の様に、織姫を狙い、奪い去ろうとする輩が、いつまた現れるかもしれないということ。
自分のアキレス腱として、あるいは織姫の特殊な能力そのものが狙われる可能性は高い。
それならば、織姫が六花の力を使わずに済む様に極力戦いの場から遠ざけること…それが一護の考え付く最良の方法だったのだ。
…けれど。
恋次の言葉から一護の脳裏に浮かび上がったのは、鳥籠の中に閉じ込められ悲しげな瞳を揺らす織姫のビジョン。
一護は思わず唇をきゅっと噛み締めた。
「…まぁ、お前の気持ちも解らないでもないけどな。まして井上は人間…死神じゃない。」
俯く一護の思いを汲み取りそう言う恋次に、一護はぼそりと問い掛けた。
「じゃあ…お前はどうなんだ?ルキアを守りたいんだろう?」
「あ?俺か?そりゃルキアは大事だし、いざとなったら命懸けで守るさ。けど…俺はあいつを信じてるからな。」
恋次はニッと笑うと、織姫のアパートのある方を見た。
「さ、俺は行くぜ。お前も来たけりゃ来いよ。じゃあな。」
恋次はそう言うと、一護の前から姿を消したのだった。
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