コイスルオトメの赤い糸
《コイスルオトメの赤い糸・エピローグ》
昼、屋上。
俺と水色と啓吾、そして井上とたつき。
晴天の下、今日は5人でぐるりと1つの輪を描く様に座って飯を食っていた。
いや、11月ともなると屋上も次第に寒くなってきて、日当たりが良くて風の当たらない場所に自然と集まっちまうんだよな。
そう、だからたまたまなんだ。
俺の隣に井上がいるのも…。
あれ以来、周りにはバレない様に時々一緒に帰ったり、その道で何気なく手繋いだりしてるんだけど…。
いや、でもまだ正式に告った訳じゃなくて…てか、それは俺の中ではクリスマスにする予定で…。
なんて頭で言い訳してちらりと井上を見れば、井上も偶然こっちを見ていたらしく。
バチっと目が合った後、慌ててそらして。
そうして缶コーヒーを煽りつつもう一度目だけで隣を見れば、井上は僅かに頬を赤く染めながら再びせっせと編み物を始めた。
「アンタ、今度は何を編んでるの?」
たつきが感心半分、呆れ半分に井上に尋ねる。
口に突っ込む様にして菓子パンを食べ、時間を惜しむ様に編み物を進めていた井上は、手を止めるとたつきに笑い返した。
「えへへ、今度はマフラーです!」「本っ当、よく飽きないわね。アタシならそんな細かい作業、絶対にゴメンだわ。」
「いや、井上さんの編み物姿をこんな近くで拝めるとは…この眺めをオカズにお昼ご飯が進んで進んで…ぐはぁっ!」
「あああっ!」
俺が啓吾に蹴りを一発入れると同時に、井上が突然大声で叫ぶ。
「どうしたの?井上さん。」
ジュースを飲み干しながら問い掛ける水色に、井上は困った様に笑った。
「あはは…ごめんね驚かせて。赤い毛糸が終わっちゃっただけ。」
井上は編み進めた部分を器用に処理し、ぱちんと鋏で切ると30cmほど残った赤い毛糸を摘まんで見せる。
「赤い毛糸、買い足さなきゃ。今日はここまでだなぁ。残念。」
手袋と同じ配色の編みかけのマフラーを丁寧に畳み、井上は名残惜しそうに片付けを始めた。
「じゃあ、その毛糸、僕にくれる?いいこと思い付いたんだ。」
「…?いいよ。でもそんなに短くちゃ、あやとりも出来ないと思うけど…。」
きょとんとして、赤い毛糸を水色に手渡す井上。
「一護、ちょっと手を貸してよ。」
「あ?」
そう言うが早いが、水色は俺の右手の小指にその毛糸の端を縛り付け…。
「はい、有沢さん。」
「…ナイス、小島。」
水色と目で会話したたつきがニンマリと笑い、毛糸の反対の端を井上の右手の小指に縛り付けた。
「…え…?あ、ああっ!」
一瞬、井上と二人で唖然として。
その意図に気付くと同時に、かああっと顔が熱くなり、大声で叫んでいた。
「ああっ!一護と井上さんが赤い糸で結ばれてる?!う、羨ましすぎるぞ一護~!」
悲鳴交じりにそう叫ぶ啓吾にありったけの力で再び蹴りを入れる俺と、真っ赤な顔で水色とたつきを交互にキョロキョロと見ている井上。
「やだなぁ、一護。照れ隠しにしちゃ派手な蹴りだね。」
「み、水色!何か勘違いしてるだろ!俺と井上は別にまだ何も…!」
「織姫もおめでとう。アタシに何も教えてくれなかったのは癪だけどさ。」
「え?!た、たつきちゃん?!」
ぱくぱくと金魚の様に口を動かす俺と井上を無視し、水色はケータイの画面をちらりと確認した。
「…あ、もうすぐ予鈴が鳴るよ。教室に戻らなきゃ。」
「そういやアタシ、次は体育だったわ。」
水色とたつきはそう言いながら、昼飯の後片付けを始める。
「お、おい!これどーすんだよ!」
俺が赤い糸が許す限りの距離で小指をずいっとつき出せば、水色はしれっとして答えた。
「…鋏で切れば?井上さん、鋏持ってたでしょ?」
「そ、そっか!井上、ハサ…ミ…。」
そこまで口にして、気が付く。
バッと井上を見れば、井上も俺と同じことを考えたのだろう、瞳をうりゅっとさせて俺を見上げていた。
…そう、例えただの毛糸だとしても。
俺と井上を繋ぐ「赤い糸」を鋏で切る…なんて縁起の悪いこと、出来ればしたくはないわけで…。
「…くそっ!何とかほどくぞ井上!」
「う、うん!」
かと言ってこのままでいる訳にもいかず、俺と井上は赤い糸をほどきにかかった。
けれどお互い右手の小指に赤い糸が結ばれていて作業がしづらい上に、焦るモンだから余計に上手くいかず…。
「じゃ、僕らは先に行くね。」
「ごゆっくり~。」
ひらひらと手を振り、啓吾を引きずる様にして去っていく水色とたつき。
「ああっ!くそ、水色のヤツ滅茶苦茶ガッチガチに結びやがって…!」
「く、黒崎くん…。」
「あ?何だよ!」
「あ、あの…距離…近い…。」
「…!お、おま…!い、今そういうこと言うな!余計集中できねぇだろ!」
…目に見える赤い糸も、目に見えない赤い糸も。
二人を、繋ぐ。
(2013.11.15)