コイスルオトメの赤い糸
…翌日。
「今日はね、スーパーの特売日なのです!」
そう気合いを入れて話す井上と二人、秋の夕暮れに染まる道を俺は歩いていた。
…下駄箱で靴に足を突っ込んでいた俺に、「良かったら一緒に帰らないか」と声を掛けてきた井上。
そして昨日、井上の想い人が誰かを知り失恋したばかりの癖に、それを了解した俺。
…夕べ、俺は漸く自分の気持ちに気が付いて。
そして今日は、自分が思っていたよりもずっと諦めの悪い人間だってことに気が付いた。
…日に日に早くなる日暮れ。
並んで伸びる2つの影を眺めながら、改めて思ったんだ。
…ああ、やっぱ渡したくねぇな…コイツの隣。
恋次のヤツに、あの手袋の意味なんて解ってないんだろうし。
クリスマスだって知らねぇだろう。
だいたい、アイツは死神で井上は人間で、住む世界が違うし遠距離恋愛もいいトコで。
…何より、アイツには黒髪のちっこい幼なじみがいる。
…じゃあ、さ。
まだ…諦めなくても、いいかな。
井上の…隣。
「…あー、寒いなぁ。俺も井上と一緒にスーパーに行って、手袋でも買うかな。」
考え事に夢中で、無言で歩いていたことにはたと気が付いて。間を取り繕う様に何気なく言った俺の言葉に、井上の身体がぴょこんと反応した。
「て、手袋?」
「おう、この間衣料品コーナーで安売りしてて…あれまだやってるかな…って、井上?」
気が付けば井上は歩みを止めていて。
俺が振り返れば、井上は夕日を背に両手で鞄をきゅっと抱き締めたまま、立ちすくんでいる。
「く、黒崎くん、手袋欲しいの…?」
「あ、ああ…最近、急に寒くなったし。手が冷たいなぁって…。」
井上の問いにそう俺が答えれば、井上は決心したように鞄をがさがさっと漁り、中からリボンでラッピングされた紙袋を取り出した。
「あ…あああの!こ、これ…!」
ずいっ…と差し出されたそれと、井上の顔を交互に見て。
「俺に…?くれるのか?」
真っ赤な顔をこくこくと上下させる井上の手からその紙袋を受け取り、リボンをほどけば、中には。
「…これ…手袋…?」
袋からゆっくりと取り出せば、それはモスグリーンに赤のボーダーが指の付け根と手の甲にあしらわれた、5本指の手袋。
「も、もし良かったら、つ、使って、ね?じ、じゃあ私はこれでっ!」
それだけ告げて、井上は突然走り出し。
「あ、おいっ…!」
「きゃあんっ!」
…お約束通り、転んだ。
「…う~…痛た…。」
「相変わらず危なっかしいなぁ、オマエ。」
座り込んで膝を擦る井上をぐいっと引っ張りあげて。
その顔を覗き込めば、耳まで真っ赤な井上が泣きそうな目で俺を見つめてきた。
「泣くほど痛かったか?」
「ち、違うの!そうじゃなくて…!その…。」
そこまで言って俯いてしまった胡桃色の頭をぽすっと撫でてやれば、井上は恐る恐る顔を上げた。
「…ありがとな、手袋。これ…井上の手編みか?」
俺が優しくそう言えば、井上の大きな瞳が更に丸く見開かれ、揺れる。
「…うん…。」
「恋次にやったヤツは?あれも井上の手編みだろ?」
「あれは…れ、練習で…。」
「練習?」
「うん。手袋って意外と編むのが難しくて…だからまずはミトン型ので練習しようと思って。恋次くんなら、黒崎くんと同じぐらいの手の大きさだから…難しいところは石田くんに教えてもらったりもしてね?」
井上の言葉に、今度は俺が目を見開いて。
「黒崎くんには、ちゃんと自分だけで作った、5本指の手袋をあげたかったの。」
そう言って俺を見上げる井上の笑顔に、じんわりと温かくなる俺の胸。
「…そっか。ありがとな。」
井上の目の前でその手袋をはめれば、井上は潤んだ瞳で嬉しそうに笑って。
「あったけぇよ。サイズも調度いいし。」
「ほ、本当…?えへ、良かったぁ…。」
安心した様にそう言って涙を拭った。
なぁ、俺やっぱり諦めなくてもいいのかな…?
「そう言えば井上の手袋は?」
「あ…えと、自分のはまだです。」
肩をすくめる井上の笑顔に、きゅうっと鳴る胸。
そうだな、水色。
油断なんてしてられない。
だから…少しだけ、賭けてみるよ。
「あのさ…手袋、もう少し待てるか?」
「え?」
「俺が買ってやるよ…クリスマスに。」
「…!」
「だから、とりあえずこっちは井上が使え。」
井上に左手用の手袋を渡して。
きょとんとしながらそれを井上が手にはめたのを確認した俺は、井上の右手を俺の左手でぎゅっと掴んでジャケットのポケットへ突っ込んだ。
「…!」
「…い、行くぞ!」
井上の顔を見る勇気なんてとてもなくて、そっぽを向いたまま歩き出せば。
きゅうっ…とポケットの中で握り返される手の感触に、心臓が跳び跳ねた。
手袋には赤いボーダー。
そして繋いだ手にも、見えないけれどきっと、赤い糸…。
《あとがき》
「apricotton」の框様に捧げる、相互リンク記念のお話です!
框様からお題に「編み物」といただいて、そこから生まれたお話なのですが、久しぶりに高校生らしい一織を書いた気がします。しかも私の作品にしては珍しくそれなりの季節感がある(笑)。
お話の中で織姫は棒針編みで手袋を編んでますが、本当はかぎ針編みの方が手袋編めますよね、きっと…。ただ、棒針編みの方が何となく絵になるかな~…と思って…編み物に詳しい方、すみません。
タイトルは「コイスルオトメと~」ですが、コイスルオトメが織姫なんだか一護なんだかよく分からないお話になってしまいました(笑)。
例によってエピローグがついておりますが、実は思い付いたのはエピローグが先です。
以前、框様が赤い糸の一織はんこイラストを描かれていて、それにビビっときて…みたいな。
框様、こんなお話になりましたが、よろしければお納めくださいませ!
読んで下さった皆様もありがとうございました!
(2013.11.15)