コイスルオトメの赤い糸




…そうして。


井上の編み物姿を廊下からチラ見すること数日。

廊下の男共がざわざわと騒いでいることに気が付き、俺は足を止めた。

「ああ、井上さ~ん…。」

涙まじりで、すがるような情けない声を上げる啓吾の後ろから中を覗けば、そこには編み物をする井上と、井上と向かい合って座る…。

「…石田。」

井上と石田は小声で何かを話ながら、額と額がくっつきそうな距離で編みかけの手袋を覗き込んでいる。

その眺めに、一気に胸の中を駆け巡る不快感。

「ああ、きっと『もうすぐ完成だから待っててね、石田くん。』『ああ、嬉しいよ井上さん。』な~んて会話を…ぐほぉっ!」

声色を変えた下手くそな芝居に苛立ちはあっけなく頂点まで上り詰め、俺は啓吾の後頭部に一発拳を落とす。

「い…痛いよ!一護、いつからそこにいたの?!っていうか、今の本気で殴った?!『泣きっ面に蜂』ってこのこと?!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる啓吾を無視し、俺は逃げる様にその場を足早に離れた。






…何だよ、石田かよ…。





けど、まだそうと決まった訳でもないだろ…?



あの手袋が、「誰か」の手に渡るまでは…。


「…アホか、俺。」
何を、期待してるんだ…?







…そうして。


「あ~、本当にさみぃなぁ…。帰るのも面倒くせぇぜ。」

そう呟けば白い息が夕焼け空に消えて。
風が一段と冷たさを増し、本格的に手袋が欲しい…そう思うような冷え込みが続く様になった頃。

気が付けば、教室で井上の編み物姿を見ることがなくなった。

「……。」

朝、下駄箱でちらりと見た石田の両手には、白い手袋がはめられていた。

あれは…井上の編んでいた手袋じゃない。
つーか、石田なら自分で編めるんだろうしな…その過程は想像したくもないが。

「けど…。」

ポケットに突っ込んでいた冷たい手をそっと広げ視線を落とす。

井上の編んでいた手袋はおそらく完成した。

けれど、いつまで経っても俺の手にそれがはまることはなく。

もう、あれは他の「誰か」に手渡されたんだろうか。

あの、幸せそうな笑顔と一緒に…。

「…別に、いいじゃねぇか、それで…。」

俺と井上は、別に何でもないんだし…?

そう、何でもない…。











「何だよ一護、葬式みてぇな顔しやがって。」

突如、頭上から降ってくる見知った声。

「…恋次。」
俺が視線を上げれば、電柱の上に立っていたのは赤い頭の死神だった。

恋次が死覇装を北風に靡かせながら、俺の目の前にひらりと舞い降りる。

「…よ。」
「何だよ、コッチになんの用…で…。」

そう言いかけて俺は目を見張り、言葉の続きを失った。

挨拶がわりに軽く上げられたその手には、黒い着物姿にはあまりにも不似合いな。

…赤地にモスグリーンで刺繍の入った、ミトン型の手袋…。



「…何だよ、それ…。」



愕然として思わずそう呟いた俺に、恋次はちょっと首を傾げて。

そして俺の視線の行く先に気付いて、「ああ。」と声を上げた。

「これか?さっき、井上にもらったんだよ。少し前に、突然井上に呼び出されて『手の大きさを測らせてほしい』って言われてよ…。」

そう言いながら、ミトン型手袋の感触を確かめる様に、手を握ったり開いたりする恋次に、俺は呆然とした。

「んで、今日はこれをもらったんだ。まぁ指が出ねぇのは不便だけどよ、確かに暖かくていい感じだぜ?」
「…そうかよ。」

俺は動揺を押し隠し、恋次に背を向けた。

「あ?何だよ一護、愛想ねぇな。」
「…ウルセェ。」


俺の態度に戸惑う恋次をその場に残し。両手をポケットに突っ込んで歩き出す。

それが、俺の精一杯。

これ以上恋次とマトモに言葉を交わす余裕なんて、俺の中にはこれっぽっちもなかった。




カラカラ…。



道端の隅。
北風に転がる、ひしゃげた空き缶。


ああ…何か俺みたいだな、なんて柄にもなく自分をソレに重ねてみる。

べっこべこにへこんで、冷たい風に晒されて。

密かに待ち望んでいた「拾い上げてくれる手」は、伸びてこないまま。




…油断してた、訳じゃない。

そもそも、愛だの恋だの俺は知らない。

そんなんじゃない。



けど…。





教室の隅、幸せそうに編み物をする井上。

興味のないフリをして、いつも目の端に映していたその横顔。


本当は、あの瞳に映っているのが俺だったらいいな…って、そう思ってたんだ。


いつも、笑顔をくれて。
いつも、心配してくれて。
俺の為に、沢山笑ってくれて、泣いてくれて。

俺の手で、護りたいって。
ずっと、隣にいて欲しいって。
これからも、俺の隣で「黒崎くん、黒崎くん」って…。


…ああ、そっか。


…俺…。


井上が、「好き」だったんだな…。



もう遅いけど…。





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