コイスルオトメの赤い糸







気が付けば、暦は11月。

校庭にはかさこそと風に踊る枯れ葉。

心地よく感じていた筈の風は、いつの間にか冷たさを帯びる様になっていて。


そうして、温もりが欲しくなる…そんな季節。


けれど、その温もりは…誰のものでも良いわけじゃないって、漸く気付いた。





《コイスルオトメの赤い糸》






…最近、俺達3年生の階で、ちょっとした話題になっている景色がある。

景色っつーか…眺めっつーか…それは教室の片隅なんだけど。

「いやぁ、晩秋の風物詩って感じだなぁ。」

廊下の窓からその風物詩とやらを眺めて、うっとりとした溜め息混じりにそう呟く啓吾の視線の先にいるのは。

「織姫、あんたよく飽きないわねぇ。」
「え?だって、とっても楽しいよ、たつきちゃん!」

それだけ答えると、また直ぐに視線を手元に落とし作業を再開する井上。

井上の手元ではリズムよく2本の棒が動き、モスグリーンと赤の毛糸が踊っていた。


…そう。

最近話題の「風物詩」とは、編み物をする井上。

「いいよなぁ、編み物する女の子…しかもそれが井上さん。あぁ、誰の為に編んでるのかなぁ…。」
ぽーっとしながら何故か顔を赤くしてそう言う啓吾に、俺は深く考えずに答える。

「誰のって…自分のじゃねぇの?」
「それは有り得ないよ、一護。」

その声にはっとして啓吾の反対隣を見れば、そこにはいつの間にか水色がいた。

「女の子が編み物する理由なんて、好きな男の為に決まってるじゃない?見てよ、あの幸せそうな顔。」

そう言われて再び井上を見れば、編み物をするその表情はいつにもまして可愛らしくて、優しくて…。

元からアイドル並の容姿の井上だけど、それだけじゃない、内側から溢れる「女の子らしさ」みたいなモンを何となく感じ取った。

「色合いだって、モスグリーンと赤でしょ?絶対男物を編んでるんだよ。まぁ、もうすぐクリスマスだし…そこまでに相手が欲しいのは皆一緒だよね。」

そう言って周りを見渡す水色の視線を追えば、俺達以外にも井上をぽーっとして見つめる男達が廊下の窓にところ狭しと押し掛けている。

「な、何だコイツら?!どっからわいてきたんだよ!」
「そりゃ、井上さんの編み物姿が見たいんでしょ。ついでに言うならその完成品が欲しい…ってね。」

けど、井上は騒がしい外野になんざ目もくれず一心に手を動かしている。
中にはこっそり井上の写メまで撮るヤツもいて一瞬殴ってやろうかとも思ったが、俺にそんなことする理由も資格もないことに気付いて、取り敢えず代わりに啓吾に一発くれてやった。

「ぐはっ!な、何だよ一護、酷すぎるよ~。」
「…ウルセェ。」

何となく面白くなくて、俺は踵を返しその場を後にする。

「…一護。」
「…何だよ?」

俺を呼び止める声に仏頂面で振り返れば、そこには意味深な笑顔をたたえる水色がいた。

「…井上さんて、元から可愛いけどさ。『コイスルオトメ』な井上さんはもっとずっと可愛いよね。」
「何だよそれ?」
「一護も…あんまり油断してると、後で後悔することになるかもしれないよ?」
「……。」

それだけ言い残し、水色は俺を追い越すとさっさと自分の教室へ入っていった。










…それからも。

井上の編み物は毎日続いていた。

啓吾や他の男共みたいにべったり窓に貼り付くことはプライドにかけて絶対にしないけれど。

それでもつい廊下を歩く度に見てしまうその眺めは、まるで映画のワンシーンの様で。

教室の窓際、日溜まりの中で2本の棒をせっせと動かし、編み物をする井上。
その真っ直ぐでひたむきな眼差しは、指先だけじゃなく、そのずっと先…いつか完成した編み物を渡す「相手」を見ている様で。

少しずつ編み上がっていくそれを、時折手を止めては幸せそうに眺める井上の笑顔に、柄にもなく胸の奥がきゅうっ…となった。

「…あれ、手袋かな?」
「は?うわ、水色!」

気付けば隣にいる水色に、心底驚いて思わず大声を上げた俺は慌てて口を塞ぐ。

「あの大きさだもん、きっと手袋だね。…一護、本当に油断は禁物だよ?後で泣きたくないならさ。」
「……。」




…別に、油断とかじゃ、ない。

けど、井上にいちばん近い男は多分俺な筈で…。

あの編み物の行方も、もしかしたら…なんて思ったりもするけど…。

けど、「恋」だの「愛」だの俺には別に関係ねぇし、そんなの知らねぇし。

井上だって、実はただ編み物が楽しくて編んでるだけで…例えば、「日頃の感謝の気持ち」とかで、あれを誰かに渡すのかもしれないし…。


けど…。






風が冷たくなった帰り道。

遊子に頼まれて寄ったスーパーの片隅で売られていた手袋、特売品の札。

指先に残る冷たさを感じながらも、俺はそれを敢えて通過した…。





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