ハッピー・クリスマス
「メリークリスマス、いっち…ぐほぉっ!」
「ウゼェよ、親父。」
…夕食時。
いつもより2割増のテンションでリビングに現れた親父の鬱陶しさに、俺はすかさず蹴りを入れた。
…いや、正直ちょっとだけ八つ当たりってのもある。
井上は俺の彼女だからここに来ている筈なのに、ウチへ来るなり遊子と夏梨にキッチンへと連れて行かれ。
今日は3人で風呂も一緒に入って、更には一緒に寝るんだとか勝手に決められ…。
いや、いいんだけどな?
井上も嬉しそうだし、妹と彼女が仲がいいってのもそりゃ喜ぶべきことだろう。
けど、さっきから俺、ほったらかしなんだけど…。
「黒崎くん、おじさま!夕食の支度出来たよ!」
「織姫ちゃ~ん!いらっしゃ…ぶはっ!」
「おう、サンキュー井上。」
井上に飛び付こうとする親父を条件反射で踏みつける俺の足。
…本当にウチの家族は、遠慮を知らねぇヤツばっかだぜ。
ちょっとは彼氏の俺に先を譲れってんだ。
「お、織姫ちゃん…食事の前に…プレゼントが…。」
「「プレゼント?」」
俺の足の下、途切れ途切れにそう言う親父を、俺と井上は同時に見下ろす。
「…何だよ、プレゼントって。」「わはは!よく聞いた一護!お前にも大ウケ確実な一品だ!」
懲りずにガバアッと立ち上がった親父は、白い大きな袋(一応サンタを意識してんだろう)からガサガサと包みを取り出し、井上に手渡した。
「あの、これ…。」
「ささ、着替えてみておくれよ、織姫ちゃん!」
…『着替える』って…つまり、中身は服か?
「い、今からですか?」
「勿論!でなきゃ意味がなーい!」
親指をぐっと立て、ウィンクする親父に、井上は戸惑いながらも頷き脱衣場へと向かう。
本当に井上は素直っつーか、なんつーか…。
俺は親父の企みを訝しく思いつつも、井上が戻ってくるのを食卓で待つことにした…。
…暫くして。
「…おじさま、これでいいですか…?」
ひょこっと食卓へとやって来た井上の姿に、俺は目を見開き、家族は歓声を上げた。
「織姫ちゃん、可愛い!」
「わぁ、クリスマスって感じだね!」
「…うむ、想像以上の出来映…ぐはっ!」
「何考えてんだ、このエロ親父!」
…そう、目の前の井上は、恒例のサンタコスチューム。
ただし、ニーハイソックスを合わせたフリフリのスカートはかなりのミニで、上半身だって肩から鎖骨から丸出し。これ本物のサンタが着たら確実に風邪引くだろってデザイン。
「ふ…ポイントは絶妙なバランスで見える絶対領域…がふっ!」
「…黙れ!」
照れ隠しに親父の鳩尾に一発食らわせながらも、その実井上から目が離せない。
「…黒崎くん、変かな?」
「や、別に…いいんじゃねぇの?」
もじもじして尋ねる井上から慌てて視線をそらし、頭をガリガリとかきつつ努めてぶっきらぼうに答えてみる。
畜生、親父め…いい仕事するじゃねぇか…。
「でもいいの?織姫ちゃん。」
「うん。バイト先でもずっとサンタさんの衣装だったしね!」
不安そうに尋ねる遊子に、井上はにっこりと笑い返した。
…そう。
井上はバイト先のパン屋でも、12月中はずっとサンタコスチュームだった。
勿論、こんな露出度の高い衣装じゃなくて、ロングスカートに温かそうなポンチョを羽織ったものだったけど。
それでもぶっちぎりな可愛さの『井上サンタ』は高校や店周辺でちょっとした評判になっていて。
何だかんだと理由をつけてこっそり見に行ってみれば、店の前で試食のパンを配るサンタ姿の井上に、道行く野郎共が振り返ったり、デレッとしながら試食のパンを受け取ったり…。
彼氏として、正直心配というか、面白くないというか…そんな光景が日々繰り広げられていた訳だが。
「さぁ、夕食にしよう!」
遊子の掛け声と共に、皆でテーブルにつく。
俺の隣に座った井上サンタと、何気なく合う視線。
「えへへ…嬉しいよ、黒崎くん!」
そう言って、それこそ極上の笑顔を見せる井上に、俺の心臓は跳び跳ねた。
ああ、今日のこの可愛くてかなりセクシーな井上サンタの笑顔は、俺だけのモンなんだって、思ってもいいんだよな…?
「いただきまーす!」
テーブルの上の料理に目を輝かせる井上に、思わず緩む口元を慌てて隠して。
俺もまた、食事を始めた。
「…熱い。」
「あ?じゃあ暖房の温度下げればいいんじゃねぇの?」
「…違うよ、熱いのは一兄と織姫ちゃん。」
「え?!」
「…お兄ちゃんと織姫ちゃん、さっきから見つめ合ってばっかりだよ。」
「な?!何言って…!」
「…無自覚なんだ…。」
お兄ちゃんとして、死神代行として頑張る一護へのプレゼントは、『初めて出来た彼女の可愛いサンタ姿と素敵な笑顔』
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