夫婦のカタチ





《lesson3・実家に帰らせていただきます!》



「…ごっそさん。」
「はい!じゃあ、一護くんはゆっくりしててね。」
「食器ぐらい洗うぜ?」「いいのいいの!それは妻のワタクシの務めですぞ!」



休日の朝。


普段仕事三昧の俺がのんびりできる貴重な時間。

だから今日は、せっかく新婚だってのに日頃なかなか一緒にいられない嫁さんと、どんな1日を過ごそうか…なんて、俺が朝食後のコーヒーをゆっくり飲みながら思案していると。



がたっ。


ガタガタッ!


…ベランダの窓の方から聞こえる奇妙な音。

風にしちゃ、随分激しい音だな…なんてそちらに視線を向けると同時に、俺はコーヒーを吹き出した。

ベランダへ続く窓ガラスの向こう、鬼の形相で仁王立ちしているのは…

「ル、ルキア?!」

ルキアは今すぐ開けろと言わんばかりに激しく窓を揺らし、ガラスに押し当てられた左手辺りからはピシピシとガラスの軋む音が聞こえる。

「や、やめろルキア!ウチのガラスが割れる!」
「え、ルキアちゃん?!」

織姫も俺の叫びにキッチンからひょこっと顔を出し、食器洗いで濡れた手をエプロンで拭きながらベランダへと駆け寄った。
「おはよう、ルキアちゃん!こんなに朝早くから、どうしたの?」

窓の鍵を開け、いつもと同じ様にルキアを迎え入れる嫁さん。

それに対しルキアは短く挨拶を返すとドスドスとリビングにやってきてソファにドスンと座った。

怒り心頭のルキア…もうここに来た理由は一目瞭然だ。

「ルキア…お前、また恋次と喧嘩したのかよ…。」

俺はゲンナリしながら残りのコーヒーを啜った。



ルキアと恋次の夫婦は、お互い遠慮なくモノを言う上、ちょっと素直じゃない性格も手伝って、とかく喧嘩が多い。

それも仲がいい証拠って言えばその通りなんだが…喧嘩する度にウチに来るのは、正直勘弁してほしい。

今日だって、「嫁さんとのんびり過ごす休日」はおそらくこれでご破算だ。

「はい、ルキアちゃん!ハーブティーだよ。これで気持ちを落ち着けてね。」
「む…すまぬな、織姫。」

しかも嫁さんは毎回快くしかも上手いこと、この不機嫌ルキアをもてなしたりする…。

俺なら絶対御免だ。
下手したら俺までとばっちりをくっちまう。

「で、今日はどうしたの?」
「…恋次のヤツが浮気したのだ!後輩隊員の女にデレデレと…!」

下手な言葉は火に油を注ぐだけ。だから絶対に口にはしないが、俺は内心「またか」と溜め息をついた。

ルキアのヤツ、意外とヤキモチ焼くんだよな…。

「そっか。恋次くん、面倒見いいもんね。でも恋次くんはルキアちゃん一筋だと思うけどなぁ…。」

織姫はティーカップを片手に、ルキアの隣でにこやかに微笑む。

今はまだ朝。
洗濯も掃除もしたいだろうに、嫌な顔1つせず付き合う織姫に俺は心底感心する。

「…つーか、ここはお前の実家じゃねぇんだからな、喧嘩の度に来るんじゃねぇよ。」

俺が新聞をバリケード代わりに広げつつそう釘を刺せば、ムッとして俺を睨むルキアの視線が新聞越しに突き刺さる。

「…ここが実家でないことぐらい百も承知だが?…何だそれは。」
「あのねルキアちゃん。こっちの世界では、夫婦喧嘩をしたときによく奥さんは『実家に帰らせていただきます!』って言うの。」
「何の為だ?」
「んと…よく分からないけど…旦那様の反省を促す為、かな?例えば、ルキアちゃんが白哉さんの所へ帰ったりすれば、きっと恋次くんはすっごく焦って反省するでしょう?」
「ほう、成る程な。」

織姫の説明に納得し頷くルキアと、新聞を読むフリをしながら内心恋次に激しく同情する俺。
あの白哉のところへルキアが帰ったんじゃ、取り戻すのも命懸けだからな…。
白哉に見下ろされながら事情を説明して、頭下げて…ああ、想像しただけて背筋が凍る。



…そこへ。


「おい、ルキアいるか?!」
「うわっ!恋次!」

問題の赤頭がベランダからリビングに物凄い勢いで突っ込んできた。

お前ら、このマンション壊した暁にはちゃんと現世の金で弁償しろよ…?

「あ、恋次くん。おはよう。」

しかし、そんな猪みたいな赤パインを、平然としてニコニコと出迎える嫁さん…オマエ本当すげぇよ。

「は、恋次!私はたった今、織姫からいいことを聞いたぞ?」
「…あぁ?!」

突然ルキアはソファから颯爽と立ち上がり、ビシッと恋次に人差し指を突き付けた。

「私は今から実家に帰る!私を取り返したくば、兄様に頭を下げるがよい!」
「はあぁっ?!」

ルキアのトンデモ宣言に、恋次の顔色がサアァッと変わる。

…だよな、やっぱ怖ぇよな…。
だからと言って迎えに行かなきゃ、後がもっと怖ぇしな…。

心の中で恋次に「御愁傷様」と憐れみの言葉を掛けつつ手を合わせた、その時。

「さぁ、織姫も一緒に行こう!」
「…何ぃっ?!」





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