夫婦のカタチ




《lesson2 亭主関白のススメ》



ガチャリ。


「…これでよし、と。」


休日の昼下がり。


普段仕事三昧の俺がのんびりできる貴重な時間。

だから今日は、せっかく新婚だってのに日頃なかなか一緒にいられない嫁さんと終日のんびり過ごすべく、全ての窓に鍵をかけた。

これであの赤と黒の死神夫婦も簡単には入ってこねぇだろ…。

「あれ、一護くん、窓閉めちゃったの?」
「あ~…いや、もうすぐ雨が降りそうだしな…。」
「わ、そうなんだ!洗濯物、しまっちゃおうかな。」

彼女はそう言ってパタパタとベランダへ走っていく。

空は雲1つない快晴だってのに、目に映る青空よりダンナの言葉を信じる織姫…。

うん。やっぱりウチの嫁さんは可愛いヤツだよな。
純粋で従順で、いつも俺をたててくれて、気遣ってくれる。
まぁ食欲はアレだけど、いかにも貞淑な妻って感じで。

長い髪を揺らしながら洗濯物を取り込む彼女の背中を見つめ、俺は何とも言えない優越感に1人浸っていた。




…しばらくして。

俺がソファに腰を下ろして適当に雑誌を捲っていると、洗濯物の片付けを終えた嫁さんが隣にポスッと座った。

「お疲れさん。」
労いの気持ちを込めて胡桃色の頭を撫でてやれば、嫁さんは嬉しそうに肩をすくめる。

「…ねぇ、一護くん。お話してもいい?」
「…どーぞ。」

普段は仕事が忙しくて、世間話も満足に聞いてやれないからな。

俺が雑誌をテーブルに置いて頷けば、満面の笑みを浮かべる嫁さん。

「えへへ…嬉しい!」

そうして付き合い出した頃から変わらない、百面相を伴った彼女のお喋りが始まる。

「あのね、昨日ルキアちゃんがウチに来てね。」
「…何だ、ルキアのヤツ来てたのか。」

一見正反対に見える嫁さんとルキアだけど、不思議なものでお互い家庭を持った今でも本当に仲がいいらしい。

「うん。今日は恋次くんと一緒に白哉さんの屋敷へ行く用事があるんだって。」
「何だ…じゃあ窓開けっ放しでも良かったんじゃねぇか…。」
「え?」
「いや…何でもない。」

嫁さんが一瞬きょとんとして俺を見たが、直ぐにまた笑顔に戻って話を続ける。

「ルキアちゃんがね、旦那様の留守には奥様はお茶会をするものだって。」
「…若干偏った知識な気もするが…。で、あいつとどんな会話してんだ?」

興味本意で何気なくそう尋ねれば、嫁さんは興奮気味に捲し立てた。
「それがね、ルキアちゃんいっぱいノロケてくんだよ!恋次くんがいつもすっごく優しいって、自慢話ばっかりするの!」
「へ、へぇ…。」

ルキアのノロケ話…想像つかねぇな。
そもそも、ルキアと恋次の夫婦生活なんざ、口喧嘩ばっかりしてそうなイメージで、ノロケなんて無縁そうだし。

けど、俺や恋次本人の前じゃ口が裂けても言わない様な誉め言葉を、意外と嫁さん相手になら言ったりするのかもな…。

「…で、あの恋次がどんな風に優しいって?」
「なんかね、『恋次、お茶!』って言うとお茶を淹れてくれるし、『恋次、風呂!』って言うとお風呂入れてくれるんだって!優しいよね~。」

…いや、それ…。

優しいっていうか…。

世間一般で言う「尻に敷かれてる」ってやつなんじゃあ…。

うん、その光景ならありありと想像できるぞ、俺にも。

絶対あの夫婦、かかあ天下に違いねぇ…。


俺が少し恋次に同情しつつ話に相槌を打てば、嫁さんは「は~っ」と夢見る様な表情で溜め息をついた。

「いいなぁ…ルキアちゃん達、本当にラブラブなんだなぁ。」
「別に俺達だって負けてねぇだろ?」

そう、ただあのカップルとは夫婦のカタチが違うだけだ。
俺と嫁さんの場合はどう考えても亭主関白に近い。
いや、俺だってそんな時代錯誤なこと言うつもりはないけどさ。
嫁さんの性格がコレだから、俺の意思に関わらずそうなっちまうんだ、しょうがねぇよな?うん。

…けどまぁ亭主関白ってのも悪くねぇかな、なんて…。

「…ルキアちゃんみたいなカッコいい奥様、憧れちゃうな。」
「じゃあ、真似してみればいいんじゃねぇの?」

絶対無理だし…なんて腹の中で高をくくってくつくつと笑う俺の前で、嫁さんは「うーん」と1つ唸って。

俺の服の袖を「くいっ」と引っ張って、あの一撃必殺の上目遣い。

「…一護くん、沢山お喋りしたから、そろそろお茶が飲みたいなぁ…。」


ズギューン。


嫁さんのうるうるっとした視線が俺を射ぬく。

な、何だそれ、反則だろ!
つーか、ルキアと全然似てねぇし!
だいたい、腕に「むにっ」とか感じるこの破壊力抜群の柔らかさとか…それは無自覚か?!そうなのか?!

「お、おお、たまには俺が淹れてもいい…ぜ?」
「本当?わーい、嬉しい、一護くん!」

…そう心で目一杯突っ込みながらも、俺は自ら立ち上がり。
嫁さんの為にキッチンで紅茶を淹れていたのだった…。



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