夫婦のカタチ






俺の突然の提案に、嫁さんが大きな目をさらにくりっとして驚いたのが目の端に映る。

「…だって、オマエ俺の嫁さんだろ?」
「…それって、今日恋次くんが言ってたこと?」
「…まぁな。」

嫁さんはくすりと笑うと、枕の上で首を振った。

「…いいの。私はやっぱり『一護くん』って呼びたい。」
「けど…。」
「昔はね、ルキアちゃんやたつきちゃんのこと、羨ましいなって思ってたよ。私もあんな風に呼び合える仲になりたいなって。そしたら一護くんともっと近づけるかなって。でもね…。」
「…でも、何だ?」

俺がそう繰り返せば、嫁さんは「上手く言えないけど」と前置きをしてから言葉を続ける。

「なんて言うのかな…私にとって一護くんは、大好きなだけじゃなくて、大切で、尊敬できて、特別な人なの。だからやっぱり『一護くん』がいいの。一護くんの名前、大切に呼びたいの。」

その言葉に思わず隣を見れば、少し照れた様に笑う嫁さん。

そんな彼女に、俺はひどく納得した。


…ああ、そうだな。

オマエは昔から、例え相手が誰であっても良いところを見つけて、尊重していて。
決して相手を軽んじたりしない。
…そんなところが俺の目にも、とても好ましく映ったんだ…。


「そういや、たつきとも長い付き合いなのに、未だに『ちゃん』付けだもんな。」
「うん。それにね、無理しても結局自分が苦しいもの。今は、自分らしくいればいいかな…って、そう思える様になったの。」
「そっか…。」

正直、恋次の指摘に心のどこかで焦りみたいなものを感じたけど。

あくまでも自分の自然体を大事にする嫁さんは、俺の気持ちをふわりと軽くしてくれて。
そう、そんな彼女だからこそ、こうして一緒にいたいと思うんだよな…。

「…だからね、一護くんも無理しなくていいよ。」
「は?」
「無理して、私のこと名前で呼ぼうとしなくても大丈夫だよってこと。一護くんが照れ屋さんだって、ちゃんと解ってるから。」
「いや、それは…。」
「それにね、日本人の平均寿命は長いのです!あと50年ぐらいは猶予がありますぞ。」
「俺達、じいさんばあさんじゃねぇか。」
「うん。だから、その頃までに、名前で呼べる様になってくれればいいよ。」
「…どこまで気が長いんだ、オマエ。」

俺のその台詞に「えへへ」と照れた様に笑って、嫁さんは俺の肩にこつりと頭をくっつけた。
「…だから、おじいちゃんおばあちゃんになるまで、傍にいさせてね…?」

一見明るく振る舞いながら、俺のパジャマの袖をきゅっと握って、その瞳にはすがる様な色を映す嫁さん。

「ったく!オマエはまだそういう心配してんのか!俺達、結婚したんだぞ?!」
「だって、一護くんカッコいいもん!絶対モテるもん!きっと職場には綺麗な女の人とかいっぱいいるだろうし…!」

そう言う嫁さんの腕を掴んで強引に引っ張り、細い身体を組み敷いて。
丸い頬を両手で包んで、俺の額と彼女のそれをくっつける。

「あのな。俺はオマエと一生一緒にいたいから、結婚したんだよ。」

…付き合っている頃からずっと、どうにも俺の嫁さんは「自惚れる」ということを覚えない。
まぁ、俺の愛情表現が下手くそなんだって言われりゃその通りなんだけど…。

「俺がルキアやたつきを名前で呼べるのは『仲間』だからだ。感覚的に恋次やチャドを呼ぶのに近い。だから簡単に出来る。」
「うん…。」
「けど…オマエを名前で呼ぶ感覚は『仲間』じゃない。大事で大切な『女』として呼ぼうとするから照れ臭いんだ。…解るか?」
「…うん。」

至近距離で見つめる嫁さんの瞳が濡れてゆらゆら揺れる。
「…けど、やっぱり俺、ちゃんとオマエのこと名前で呼べる様に努力するよ。そしたらちょっとは安心するだろ?」
「一護…くん…。」

俺の背中に、織姫の手が回って。
そのままぎゅっ…と抱き合って、確かめる温もり。

「オマエの名前もロクに呼べない俺だけどさ…そんなに不安がるな。絶対手放したりしないから。俺にはオマエだけだから。」
「うん…。ごめんね、一護くん…。」


ヘタレの俺と、心配性なオマエ。

とりあえず、今はこれが俺達なりの夫婦のカタチ。

けど…きっとここから変えていくんだ。




「あのさ…織姫。」
「は、はいっ?!さ、早速名前ですか?!」

忙しなく瞬きをしながら顔を真っ赤に染める織姫を見下ろしながら、俺はニッ…と笑ってみせた。

「…しよっか。」
「あ、うんっ…て、ええっ?き、昨日したばっか…!」
「織姫を抱いてるときなら、雰囲気とノリで何回でも呼べそうなんだよな。…つーわけで、名前を呼ぶ練習も兼ねて、な?織姫。」
「ふえぇっ…は、恥ずかしいよぅ…。」


…そう、まずは俺が先にヘタレから脱却して、オマエその心配性も直してみせるから。


覚悟しとけよ?







(2013.09.17)
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