夫婦のカタチ





「はい、一護くん。ポテチがあったから、お菓子これでいいかな?」
「おう。サンキュー。俺の饅頭はオマエが食っていいからな。」
「本当?!ありがとう一護くん!」

早速皿に手を伸ばし、それはそれは幸せそうに饅頭をかぷりと口にする嫁さん。
その見事な食べっぷりと笑顔に、さっきまでムシャクシャしていた気分が嘘の様に鎮火していく単純な俺。

「…なぁ、織姫。」

そんな俺達のやり取りを黙って見ていた恋次が口を開く。
だからお前は『織姫』って呼ぶんじゃねぇっての。

「ん~?なぁに?お饅頭、美味しいよ!」
「いや、そうじゃなくて…お前ら夫婦なんだし、『くん』とかいちいち付けなくてもいいんじゃねぇの?」
「へ?」

口の端にあんこをつけた嫁さんがきょとんとして恋次を見た。

「いや、さっきから『一護くん、一護くん』ってご丁寧に呼んでるからよ…旦那なんだから、俺とルキアみたいに呼び捨てで呼び合えばいいんじゃねぇかってこと。」
「確かにな、一護ごときに『くん』など必要ないぞ。」
「ルキア…本っ当ムカつくなお前…。」

八つ当たりするかの様にポテチをバリバリと音を立てて食べ、俺はちらりと隣に座る嫁さんに視線を移す。
嫁さんは「うーん」と眉尻を下げて唸りながら、それでも2つ目の饅頭にかぶりついていた。

…言われてみれば。

周りの連中はほとんどの奴が俺を「一護」って呼び捨てにするよな。

なのに、いちばん俺に近い筈の嫁さんだけが俺を「一護くん」って他人行儀に呼んでる…って、確かに可笑しいか?

だからと言って、嫁さんが俺を「一護」って呼ぶのも、何か想像できねぇけどなぁ…。

そんなことを考えながら嫁さんを観察していれば、困った顔のまま饅頭だけはしっかり3つ目を食っている。

「…どうだ?結婚を機に織姫もひとつ一護を呼び捨てにしてみては。ほれ、スーパーの陳列物と思えば簡単だぞ?」
「…だから、本っ当に腹立たしいな、お前は…。今、俺と果物を同列扱いしただろ…。」

俺がげんなりしつつルキアを睨み付けても、当人は素知らぬ顔でお茶を飲んでいて。
恋次め、旦那としてもう少しこいつをしつけろよ…。

「えへへ…後ろ向きに検討してみます…。」
「…やる気ねぇな。」

ぽりっと細い顎を人差し指で掻いて困り笑いを浮かべる嫁さんに、恋次がそう突っ込んで溜め息をつく。
「全く…正反対なようでいて、結局は似た者同士ということか。名前で呼び合うことすら満足に出来ぬとは…新婚とはいえ、先は長いな。」
「お前らも早く、俺達みたいな夫婦になれよ。」「うるせぇ!余計なお世話だ!つーか恋次、お前今さりげなくノロケただろ?!俺もコイツも今のままで十分幸せだから問題ねぇんだよ!」
「い、一護くん、落ち着いて…。」

テーブルを挟み睨み合う俺とルキア・恋次の間で、嫁さんがおろおろとし始める。

「ほらまた『コイツ』などと…いい加減『織姫』と呼べぬのか?」
「何だ一護、お前まさかまだ『織姫』って呼べないのか?そりゃ織姫が気の毒だ。」
「だからお前は馴れ馴れしく『織姫』って呼ぶんじゃねぇ、恋次!コイツは俺の嫁だ!」
「また『コイツ』…。つくづく学習能力のない男だな。」
「一護、ヘタレもいい加減にしねぇと織姫のボランティア精神にも限度ってモンがあるぜ?」
「だからお前は『織姫』って呼ぶなっつってんだろ!」
「い、一護くん、私は別に気にしないよ?」
「俺が気にするっつーの!『織姫』って呼んでいい男は俺だけだ!」
「…やはり小さい男だな、一護。」
「お前だって俺の嫁を『ルキア』って呼ぶじゃねぇか。」「ルキアは俺にとっちゃ女って感覚じゃねぇから問題ないんだよ!」
「何だと貴様…!」
「あ、あの、みんなもうやめよう?ね?」





…こうして。

嫁さんと穏やかに(できればついでにイチャイチャして)過ごす筈だった休日の昼下がりは喧騒のうちに過ぎていき。

図々しくも恋次・ルキア夫妻は夕飯までしっかり俺の家で済ませ、漸く帰ったのだった…。















…その夜。

「今日は何だか無駄に疲れたな…」
「あはは。でも、ああして2人が遊びに来てくれるのは嬉しいよ。」

二人でベッドに潜り込み、大きく伸びをして。
のんびりできる幸せを噛みしめつつ、騒がしかった1日を思い出す。

恋次とルキアの言動には色々腹立たしい思いもしたけれど…布団の中で今冷静になって考えてみれば、耳が痛い部分もあったってのが正直なところ。
だからこそガキみたいにムキになっちまったんだ、俺は。

「…あのさ。」
「うん、なぁに?」

天井を眺めながら呼び掛ければ、嫁さんがころんとこちらを向いたのが並んだ枕越しに伝わる。

「…俺のこと、呼び捨てにしてもいいぜ?」
「へっ?!」






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