恋のたまご





…ぶっちゃけ、俺と井上は付き合っている。

更にぶっちゃけるなら、俺は初めてできたカノジョである井上を、カレシとして精一杯大事にしているつもりだ。

「……。」

俺は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けると、自分の持っている情報を疑いたくて、スマホを取り出し検索をかける。

調べるキーワードは…



『たまご○ラブ』



ああどうか、俺の情報が間違っていますように…そう祈りながらスマホを睨んでいた俺は、数秒後出てきた検索結果に無言で頭を抱えた。



《たまご○ラブ最新号特集…『つわり・どう乗り越える?』『これで安心・産婦人科選び!』…》



「…あ、あり得ねぇ…!」

震える手でスマホを握りしめながら、思わず一人ごちる俺。

やっぱり、そうなのか?

『たまご○ラブ』って…いわゆる…妊娠した女性向け雑誌…。

さっき見た、石田と深刻な顔で話す井上の顔が脳裏に浮かぶ。

『どうしよう、石田くん。私のお腹に、黒崎くんの赤ちゃんが…』

「だーっ!ない、ないないない!絶対あり得ねぇ!」

頭をちらりとよぎった自分の考えを打ち消す様に、思わず大声で叫ぶ。

だって、あれだぜ?
この「たまご○ラブ」にはつわりがどーのとか書いてあるけど、この間のデートで井上のヤツ、ジャンボパフェをペロッと完食してたぜ?!

それに、それにだ。

俺は枕をぎゅっと抱え、ポツリと呟く。

「…子供って…キスしただけで、できるのか…?」

…そう、俺と井上はまだキスまでしかいってない。
そして俺が保健体育及びその他諸々から手に入れてきた知識によれば…キスだけで子供はできないハズで…。

「…う~っ…。」

枕に顔を埋めて呻きつつ、これまでの自分の行いを冷静にかつ詳細に、半分懺悔するような気持ちで思い返す。

「…はっ!そうだ…!」

…そう言えば、この間後ろから抱きついたときに、じゃれ合うふりしてどさくさに紛れてアイツの特盛に軽く触っちまったことが…!

「…ってそれでも出来るかぁっ!」

自分で自分に突っ込んで、思わず枕に肘鉄を食らわせる。

ついでに言うなら、本当に、本当に軽~くタッチしただけだしな!うん!

…けど、じゃあ何か?

俺が脳内で妄想してる口が裂けても言えないアレコレが実は1つだけ現実だったとかか?

それとも夜中に死神の俺がこっそり身体を抜け出して、井上の部屋へ行っちまって…。
「ってどっちも記憶にねぇよ!俺は夢遊病か?!ハ○ジか?!大体、死神と人間で子供が出来るかなんて…!」

…親父あたりに聞けば解るんだろうな…。

「…ってんなデリケートな問題クソ親父に聞けるかぁっ!」

自分で自分に突っ込み疲れ、俺は上がった息を整えながら再びスマホを手にした。

打つのは、アイツへのメール。
短く、簡潔に。

『明日、一緒に帰ろうぜ。』

決意を込めて、送信。

…とりあえず。

井上と、話をしよう。

多分アイツは、俺に心配をかけまいと石田に相談したんだろう。
だけど、どんな悩みであれ、井上には俺に全てを話してほしいんだ。

彼氏である俺に…。







「黒崎くん!」

次の日。

昨日のメールで約束したとおり、俺は井上の教室に足を運んだ。

ただ、終業のチャイムと同時にけたたましく鳴った代行証。
虚退治を終えた俺が慌てて学校に戻れば、ほとんどの生徒は帰った後。

井上はたった1人で教室の自分の席に座って俺を待っていた。

「…おう。悪いな、待たせちまって。」

結局、有り得ないと言いながらも、昨晩はもし井上が俺の子供を妊娠してたら…なんてずっと考えていて、一睡も出来なかった俺。
なのに井上は、いつもと全然変わらない。
長いこと待たせた俺に、極上の笑みを返してくれて。

「ううん!全然大丈夫だよ!」

そう言う井上の机には、俺を待っていた間に進めていたのだろう、裁縫道具や布地が広げられている。

「…何やってたんだ?」

井上の前の席に腰を下ろしつつ俺が何気なくそう聞けば、井上はにこっと可愛らしく笑って答えた。

「えっとね、にぎにぎを縫ってたの!」

…は?
思わず返す言葉に詰まる俺。

…にぎにぎ?
「にぎにぎ」って、何だ?

俺の辞書にはない単語に、どうしたらよいのか分からず固まる。

井上はそんな俺の気持ちを表情から読み取ったのだろう、手元にある作り方と完成品の写真の載った雑誌を俺に見せた。

「これだよ、黒崎くん!」

井上の見せてくれた雑誌を覗けば、そこにはかわいい布地の…

「…わっか?」
「そう!赤ちゃんが握ってあそぶおもちゃ。にぎにぎって言うんだよ!」
「へえ……って、へえぇっ?!」

井上の台詞を聞いて、一瞬納得しかけて、その次の瞬間に裏返った声で叫ぶ俺。

な、なんで井上が赤ん坊のおもちゃを作ってるんだよ?!





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