恋のたまご






…とある休日。

暇潰しを兼ねてふらりと足を運んだ本屋。

そこで見かけた二人連れに、俺は目を見開き固まった。






《恋のたまご》






「あれは…井上と…石田?」

そう呟くと同時に、思わず霊圧を殺す。

ワンピースの裾をふわりと靡かせる井上と、プライベートでも相変わらず白い服に身を包んだ石田が、仲良く本屋へと入っていく。

その後ろ姿に、一気に不機嫌になる俺。

…いや、そりゃ俺と井上は確かに付き合ってるけど、だからって井上を俺一人がいつでも独占できる訳じゃないことぐらい解ってる。

それに、井上は一途で浮気なんて絶対しない。

石田と井上が二人でいたって、俺は動じないんだぜ…なんて余裕ぶっこきながら、本屋へ入りこっそりと後をつける。

いやいや、後をつけたとかじゃねぇ、俺だって本屋に用事があった訳だし?

…けれど、一人虚しく強がって見せる俺の予想とは裏腹に、井上と石田は受験生御用達の参考書売り場は素通りし、全く違うコーナーの角を曲がった。

…は?
この本屋は長いこと利用しているが、あんな方に用事があったこと、少なくとも俺は一度もねぇぞ?

だって、そっちのコーナーの看板は…。
『婦人・育児』

…おかしくねぇ?

首を傾げつつ、二人がそのコーナーから出てくるのを立ち読みするフリをしながら待つこと5分。

井上と石田は楽しげに話をしながら戻ってきて、手に1冊の本を持ってレジに並ぶ。

その本の表紙をちらりと盗み見た俺は、愕然として持っていた本を危うく落としかけた。

一見ファッション雑誌かと見紛うその表紙にでかでかと書かれたタイトルは、間違いなく。






『たまご○ラブ』






「…な…なにぃっ?!」

そう思わず声を上げて、慌てて自分で自分の口を塞ぎ、本棚の奥へと隠れる。

自分の目を疑った俺はもう一度本棚の影から井上達の様子を覗いた。

俺の叫びには気付かなかったらしく、井上と石田は談笑しながらレジに本を差し出していて。

やっぱりその表紙には、お腹の大きい女性の写真と…



『たまご○ラブ』。



…いや、だからオカシイだろ?!
ああ、誰か俺の代わりにアイツらに突っ込んでくれよ!

しかし俺の心の叫びは天には届かず、井上と石田は袋に入れられた本を店員から受け取るといそいそと店を出ていった…。









そのまま井上と石田の後を尾行すれば、二人は公園へ。
ベンチに並んで座り、さっき買ったばかりの「たまご○ラブ」を早速広げ始めた。

数メートル離れた木の枝の隙間から、こっそりと様子を伺う俺。
この際、傍目から見たら風車の○七みたいだとかいう話は棚に上げておく。

いや、だけど今の俺よりアイツらの方が明らかに変だろ?!

だってフツー高校生がベンチで仲良く「たまご○ラブ」読むか?!

しかも何だってそんな楽しそうに笑ってんだよ、井上!
石田もニヤニヤしやがって…井上は俺のだっつーの!

畜生、俺の手に風車があったなら、今すぐ投げつけてやるのに…。

けれど、眉間に皺を寄せてその光景をイライラしながら俺が見ていれば、今度は井上が急に深刻な顔になって、石田と何事かを話し出した。

「……。」

二人が楽しそうに話してる光景はムカつくが、ああして真剣に話し込まれるとそれはそれで急に不安になる。

俺はいてもたってもいられず、踵を返し足早に公園を後にした。

勿論…仲睦まじい二人を見るのが嫌だった…ってのもあるけど。
何て言うか…とにかく身体を動かして、頭の中を整理したかったんだ。

だって俺の脳ミソは、信じられないようなあり得ないことで溢れかえっていたから…。







家に戻り、ドスドスと階段を上って自分の部屋に入り、ベッドに飛び込む。
冷静になろうと枕に顔を埋める俺の脳裏でぐるぐると回る音楽は…

「たま~ごまごまご♪たま~ごまごまご♪…ってウルセェよ俺の頭ん中の歌のお姉さん!」

自分で自分に突っ込んで、がばりと起き上がる。

「…井上…。」

無意識に呟くアイツの名前。
胡桃の髪をふわりと揺らし、笑顔で振り返る井上が脳裏に浮かぶ。

そしてその手には「たまご○ラブ」…

「…って、だからオカシイだろ!井上は…!」

思わず枕を掴んで、バシッと壁に投げつける俺。
そのままずるずると下に落ちていく枕を、俺は眉間に皺を寄せて睨み付けていた。

「……。」

例えば、だ。

井上か石田に歳上の姉貴がいたりして、その姉貴がオメデタで…とかだったら、もう少し俺は穏やかでいられたりしたんだろう。

いや、井上と石田のツーショットは決して見ていて気分のいいもんじゃねぇが、それでも「ああ、姉貴の為に買ったんだな」とか自分を無理矢理にでも納得させられる。

けれど、井上は1人暮らし。
石田にだって姉貴なんがいない(と思う。多分)。

…じゃあ、…何で…?





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