恋のひよこ





「…へ?」

オレンジ色の夕焼けが射し込む教室。

井上が、真剣な目で俺をじっと見つめる。

…子供は、好きか…って…それは、どういう意味だ?
井上、オマエ一体…?
俺は、井上を信じていいんだよな…?

色々な感情が一気に俺の中を駆け巡る。
返答に困り、黙り込む俺。

静寂と緊張に教室が包まれた、その時。

「…井上さん…と…黒崎?」

突然ガラリと開く教室の扉。

「…石田。」
「石田くん!」

空気も読まず現れた石田に、俺は思わずムッとし、井上は明るく名前を呼んだ。

石田は状況を見透かす様に眼鏡を人差し指でくっと上げると、ゆっくりと口を開く。

「…井上さん、黒崎に例の話をしてるのかい?」

石田の言葉に、井上は戸惑いながらも頷いた。

「う、うん…。」

『例の話』なんて意味深な言い方が、俺をイラッとさせる。
俺が石田を睨めば、石田も俺を見下す様に見返してきた。

「…無駄だと思うけど…どうせ黒崎は何も知らないんだろう?」
「ああ?!何だと石田!」

コイツ、本当にムカつくヤツだな!
もしお前が井上を泣かせたり困らせたりしてるなら…絶対許さねぇからな!
俺は石田を視界から外すと、井上ともう一度向き合った。

よし、俺は覚悟を決めたぜ。
どんな事情だとしても…俺は井上の口から聞きたい。
そして、それを受け止めてやるんだ。
俺はオマエを信じてるぜ、井上…!

俺と石田のやり取りを困った様に見ていた井上の肩を、俺はガシッと掴んだ。

「…井上!」
「は、はい!」

井上の顔を、真っ直ぐに見つめて。

「…いいぜ、井上。話の続き…してくれよ。」

俺がそう言えば、井上は目を丸くした後、嬉しそうにふわりと笑って。

…そして。

「黒崎くんも…一緒に、託児所に遊びに行かない?」
「……は?」





キーンコーン…



教室に響き渡るチャイム。

俺の予想を遥かに飛び越えた井上の一言に、俺は間抜けな声を漏らした。

「…託児…所…に、行かない…?」

井上の言葉をオウム返しする俺に、井上は縫いかけのよだれかけをもじもじと弄りながら続ける。

「ほら、黒崎くんも知ってると思うけど、今生徒会が有志で託児所訪問の計画を立ててるでしょう?私、保育士さんとか憧れてるから参加しようと思ってるんだけど、黒崎くんも良かったら…って…。」

はい?
井上の台詞が耳から脳ミソに流れて行くのに、理解が追い付かない。

呆然として固まる俺の耳に、石田が吐いた盛大な溜め息が聞こえる。

「…ほらね、井上さん。生徒会であんなに宣伝してるのに、黒崎は知らなかっただろ?」
「…へ?」

俺が石田を振り返れば、ヤツは心底呆れた様な顔をして見せた。

「だから、生徒会で託児施設の訪問ボランティア企画を立てたんだ。掲示板に参加者募集のポスターも貼ってあるし、全校朝会でも宣伝した。…どうせ君はそんなもの全部スルーしてるんだろう?」

俺がくる~りと首を戻して井上を見れば、嬉しそうに頷いていて。

「それでね、せっかくだから訪問の時に何かプレゼントできたらって思って…このスタイはその試作品なの!」
「まさか…。」

そう言う井上の机の上の雑誌が、ひとりでにパタンと閉じる。
その見覚えある表紙のタイトルは、俺の予測を確信に変えた。




『ひよこ○ラブ』




「…それで、オマエ『ひよこ○ラブ』買ったのか…?」
「うん!ちょうど今月号に『赤ちゃんのお昼寝中に作れる簡単スタイ』って特集があってね。小さな子との遊び方とかも知りたかったし、買ってもいいかなって……黒崎くん?」
井上の言葉に、一気に脱力する俺。
井上の肩に手を置いたままがっくりと項垂れる俺を、きょとんとして見つめる井上。

「…良かった…俺は、てっきり…。」
「てっきり…なんだ?」

石田の鋭い突っ込みに、俺はハッとして言葉の続きを飲み込んだ。

「な、何でもねぇよ!」
「それで…どうかな?黒崎くん。受験勉強の息抜きにでも…。」

井上を振り返れば、大きな瞳が少し不安そうに俺を見上げていて。
…まぁ、井上にはいつも世話になってるし。
コイツと一緒なら…チビの相手も悪くねぇかな?

「おう、まぁ、行ってもいい…ぜ?」

俺がそう言えば、井上はパアッと表情を輝かせた。

「良かった!黒崎くんなら、きっと赤ちゃんが100人乗っても大丈夫だよ!」
「…俺は物置か?」

井上の意味不明な太鼓判に突っ込みを入れつつ、俺は緩む口元を手で覆って隠す。

無邪気に喜ぶ井上につられて笑っちまうのが、照れ臭いのにやけに心地よくて。

とりあえず、恋愛に関しちゃまだまだ「ひよこ」な俺だけど。

こんな風に、いつも笑顔の井上と一緒にいられるなら、いつかきっと、立派なニワトリになれる…そんな気がした。




(2014.03.19)
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